石造美術紀行

石造美術の探訪記

奈良県 奈良市大野町 十輪寺三界万霊塔(種子三尊自然石塔婆)

2011-06-06 01:13:25 | その他の石造美術

奈良県 奈良市大野町 十輪寺三界万霊塔(種子三尊自然石塔婆)

田原地区は奈良市街の東方、春日山を越えたところにある高原の小盆地で、東山内の範疇に入る。01古い街道が交錯する交通の要衝で注目すべき石造物も多い。大野町の小高い丘の上にある真言宗十輪寺の境内周辺は地域の惣墓のようになっており箱仏や名号碑など室町時代の石造物が多数見られる。古くから田原地区の中心的寺院だったというのも肯ける。北側の参道の途中、本堂西側の石垣の石積み脇の植え込みの中に自然石塔婆がある。幅約120cm、高さ約70cm。上部が山形になった自然石で、平らな広い面を正面に見立ている。一見したところでは特段の造作や整形の跡は認められない。石材は花崗岩と思われる。中央上部に「キリーク」、向かって左に「バク」、右に「バイ」を薬研彫している。通常の阿弥陀三尊は「キリーク」(阿弥陀)、「サ」(観音)、「サク」(勢至)とするが「サ」、「サク」に代えて「バイ」、「バク」とするのは変則的である02「バイ」は薬師、「バク」は釈迦であろう。如来三尊の中で阿弥陀をより上位に配置するのは、やはり浄土信仰の表れとみてよいだろう。その下に「三界萬霊」と大きめに陰刻し、左下方に小さい文字で「応永二(1395年)乙亥年七月」と彫ってある。このほか「三界萬霊」の文字の左右に多数の結縁者法名が見られる。三界万霊とは欲界、色界、無色界(あるいは現在、過去、未来)の全ての生命というような意味で、それらを遍く回向する目的で造立された供養塔が三界万霊塔である。法界衆生、十界群霊、有縁無縁などとあるのも同じような意味で「塔」の文字を「等」と記することもある。墓地の入口や無縁塚の中央などに置かれることが多く、全国各地で普遍的に見られ、ほとんどは江戸時代以降のもの。中世に遡るものは稀で、奈良県内でも永正、天文などの16世紀代の例が若干知られる程度である。この十輪寺三界万霊塔に刻まれている14世紀末の紀年銘は、三界万霊塔としては最古の部類に入ると考えられる。在銘三界万霊塔としては群を抜いて古いことから後刻の疑いもあるが、文字や干支の彫り方など、特に不自然なところは感じられない。16世紀代のものの多くは名号板碑や石仏の形態を採用している点で違いがあり、種子を刻んだ自然石塔婆自体は古くからあることから、積極的に後刻と判断する材料はないと思う。

 

参考:土井実『奈良県史』第16巻 金石文(上)

 

上記参考にあげた『奈良県史』には、弥陀三尊の種子とありますが、「サ」は明らかに「バイ」です。また、当初小生も「サク」と見たのは「バク」ですね。そこで「サク」としたUP当初時の本文を訂正しました。…ちゃんと確認してから載せろよ…ていうか、近々早速に確認し直してきます、どうもすいません。

 

釈迦、薬師、阿弥陀という3人のポピュラーな顕教系の如来を並べるのはある意味贅沢な取り合わせです。その中で阿弥陀を上位に据えているのは、三界の衆生の極楽浄土への往生を願う信仰の表れなんでしょうね。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
南北朝期の三界萬霊塔、すばらしいですね。自称三... (五葉虫)
2011-06-08 23:15:49
南北朝期の三界萬霊塔、すばらしいですね。自称三界萬霊塔マニアとしては、ぜひ実物を見に行きたいと思います。阿弥陀+釈迦+薬師の例は、件の塔が増加する近世以降にはまず見ないように思います。また、地蔵に刻む例が比較的目立つ戦国織豊期とも「思い」が違うのでしょうか。ともかく、興味深いです。
返信する
コメント頂戴し誠に有り難うございます。 (猪野六郎)
2011-06-09 19:07:28
コメント頂戴し誠に有り難うございます。
なかなかどこにあるのかわからなくて境内や墓地をうろうろ歩き回り(胡乱な奴…)、ようやく見つけたんですが、あまりしっかり観察、確認もせず、載せたのでわずか一日にして本文を書き換えることとなってしまいました、トホホ…。
このほかにも本堂の脇に、永禄か文禄か元禄かよく確認しませんでしたが、法華経千部+三界万霊+五点具足の胎蔵界大日の種子(アーンク)を刻んだ大きいのがありました。昔の人がこうした供養塔の本尊なりをどう考えたのか、謎は深まるばかりです。近世以降の定型化(パターン化)する前の試行錯誤状態だったのかなという気もします。刻まれた月日が彼岸とか、なにがしかの仏・菩薩の縁日かどうかなども紐解くヒントになると思います。年号のみならず月日も侮りがたしといったところでしょうか…。それと、地蔵さんは地獄や娑婆世界にあって極楽に引接してくれるそうです。つまり、迷える魂は地蔵さんに手引きされ阿弥陀さんに引き継いでもらうということですかね。今後ともご愛顧・ご指導よろしく願いあげます。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。