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父が残した巨大な遺産

2018年05月06日 07時57分04秒 | 好きなモノ

父は80歳まで現役で会社を経営していたが、その後、入退院の繰り返しで仕事から

遠ざかった・・・が、もともと退屈や暇をもてあます性格ではない

戦争中、20歳の父は調布の飛行戦隊と同居する部隊にいたので、戦闘機には思い入れが

あったようだ。

その飛行隊は帝都防衛の戦闘機「飛燕(三式戦.メ式戦ともいう)」が主力の部隊だった

それを思い出してか、80歳過ぎからの父は「ラジコン飛行機」作りを始めた

始めは単純な練習機を作り、次に複式翼の「赤とんぼ」と呼ばれる練習機を作り、自信がつくと

ついに念願の飛燕を完成させた。

その頃には、噂を聞きつけた地元のラジコン機愛好家会の会長が訪ねて来て

父を会員に参加させた、勿論抜群に高年齢だから持ち上げられて、滑走路の整備などに随分と寄付を

したらしい。

飛行機作りには、一人の若いベテランをアドバイザーに送り込んでくれて、父の手助けと言うより

ほとんど彼が造っていたような感じだったが父は30歳も若い人たちと交流出来るのが楽しそうだった

そして意を決して造り始めたのが世界でも屈指の名機「二式大艇」であった

これは車輪の代わりにフロートをつけていて、海面から飛び立つ水上機であった、主に偵察に使われた

ようだ、水上機の中でも群を抜く大きさであった。

父は平成8年頃から作り始めて、7~8年前までに外郭はほぼ完成した、しかし几帳面な性格なので

何度も何度も気に入らない箇所を作り直したりするので、瞬く間に15年ほど経ってしまい、未完成のまま

5~6年前には製作をやめてしまった。

ラジコン機は作る楽しみと、飛ばす楽しみがある。 父は飛ばすことが出来なかったのでフライングクラブの

メンバーが飛ばしてくれた。

この二式大艇も本来は飛ぶはずである、エンジンも4つあって、それは本当に稼働する本物である

しかし、それを組み込まぬうちに父は旅立ってしまった。

今、わが家の6畳間にあるが、大きすぎて主翼の半分は切り離しておいてある

その大きさたるや、全長3.5m、主翼4mという巨大なラジコン飛行機なのだ

もし、誰かが飛ばしてくれるとしても、それは大きな池か海か湖でないとダメなのだ、運ぶだけでも

たいへんな飛行機だ、せめて色づけをして店の天井から吊したいと、先日、クラブの会長にお願いした。

主翼は、左右ともに、もう1mずつ羽が繋がる、胴体の下にあるのが、残りの主翼、長さ90cm

主翼の下、左右にフロートがつながる、エンジンも4発付く。 フラップもラジコン操縦で動く

 

 

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