秩父・仙台まほろばの道

秩父と東北地方の伝説・神話を探訪。

角田:高良玉垂神社と九州王朝説②

2019-08-10 | 東北地方の伝説(宮城県)

玉の話しの続き。

「潮満玉」「潮干玉」とは、山幸彦が海神の宮から帰る時にもたされた玉。

山幸彦と豊玉姫は結ばれるのですが、豊玉姫が産んだ子が「八尋鰐(やひろわに)」 。

もしくは、ウガヤフキアエズ。

これが何度もシンクロしていたフルフルの高千穂、奇振嶽=ピラミッドみたいな。

猿田彦命と繋がるのも、石巻の鳥屋神社、田道将軍の「猿賀」という猿は、 いずれも猿田彦命と関係するのかもしれない。

 丸森の鳥屋嶺神社も、中央にウガヤ、左に猿田彦、右にウカノミタマで、 猿田彦を祀っている。

それは川沿いに建てられているので、(海などの水にも関わる) 鳥屋というのは、猿田彦のことをさすのではないか?

と思い、 そこに巫女(水神)の祓戸神が関係しているっぽい。

他にワニとは、 ①言霊説②サメ説③龍説。ざっくりと。

和邇氏のワニも当てはまると思いますが、 豊玉姫がワニを生んだというのは、サメでもあり、

 同じ意味あいをもつ世田姫=よど姫という意味の、ヨダ=ユタとも言える。

『肥前国風土記』に「世田姫」と記され、同逸文では 「與止姫(よとひめ)」あるいは

「豊姫(ゆたひめ)」「淀姫(よどひめ)」とも 記されている。

これが卑弥呼の妹といわれた「台与(いよ・とよ)」の説があった。

この方が、「最後の九州王朝の長」とも言われている!?

つまり、母系社会のあった国(日の巫女)と、そうでない国との対戦が、 最後の磐井の乱であったと思うのです。

秦氏や物部氏たちは、母系社会を擁護していた渡来系軍事氏族だったかもしれない。

母系社会を擁護し、後にマリア信仰と重ねられる。

サメといえば、鯖湖(福島県)で妄想したように、 飯坂温泉での鯖でした。(村崎神社の瀬織津姫)

これは以前にも書いた話しでしたが、 「青」の漢字を用いるところも関係していると思います(青龍)

愛知県熱田神宮にあるマシキトベは、尾張大印岐の娘で、 「オトヨ」という天香具山系(物部十一世)と結婚したと伝わる。

ユタは南国の巫女と言われます。

 世田姫は、川上にある「石神」であるとされ、「河の神」とも言われる。

川ではなく「河」の方の漢字を用いる。

これは大河なので、中国由来でしょう。

そう考えると、川沿いに猿田彦命をまつるのは、沖縄、奄美大島などに

 関係するユタのような巫女と繋がるのです。

阿武隈川の名前も「アブ」であり、シュメール語のアプス説(淡水) もあるのですが、

この場合、アブと呼んだトベのおばあちゃんの敬称とも繋がるのです。

 「あぼ」という地名もそうだと思う。

阿武隈の安福河伯という河の神を祀る神社は、祓戸神(速秋津姫)で、 やっぱり猿田彦命を祀っているのです。

なので、ここにニニギ(子孫)が上陸している伝承になるのです。(熱日高彦神社)

そして「玉」は、その玉を飾りにして操る巫女の意味もあるのですが・・・。

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 もうひとつ、2つの玉に関係する島、「満珠島」「干珠島」がありました。

これも「豊」とつく姫が関係し、「潮満玉」「潮干玉」と同じ意味あい。

場所は、山口県。

※満珠島・干珠島(酒井商店さんのサイトより: https://www.fugu-sakai.com/shimonoseki/chofu/manjyujima-kanjyujima/

この島が、かなり意味深。 周防灘に面しているのです。

 周防国(スフ)は、元は「スワ」と読んでいたのです。

 「スフ」「スワ」という言葉に何か意味がありそうなのですが…。

小さい島ですけど、なぜこの島が貴重になったか。

『忌宮神社の飛び地境内であり、祭神の神功皇后が住吉大神の化身である

龍神から授けられた二つの玉、潮干珠(しおひるたま)・潮満珠(しおみつるたま) から生まれたという伝説がある島。

また、彦火火出見尊が海神より授かった潮満瓊(しおみつたま)と

潮涸瓊(しおひのたま)を両島に納めたという伝説もある。 』

ホホデミは、相馬の真野からずっとシンクロしてました。

忌宮神社とは、仲哀天皇が熊襲平定の際に滞在した行宮である豊浦宮の跡とされる。

三韓征伐に関係する人たちが祀られている。

本殿 第一殿:仲哀天皇、第二殿:神功皇后、第三殿:応神天皇

どうやら、「神功皇后が住吉大神の化身」というのが当てはまりそう。

ちなみに、この島は、源平合戦の時に義経率いる源氏が拠点にしていたそうな。

若宮社:仁徳天皇が祀られる。

八坂神社:素戔男尊をはじめ42柱(神社合祀のため)

荒熊稲荷神社:宇迦之御魂神・宗像三女神

惣社宮:天神地祇

守宮司神社:応神天皇

他に、もうひとつ気になった社がある。

その境内に、「高良社:地主大神・武内宿禰」とあった。

高良社とは、京都宇佐八幡宮にある。

九州の久留米市にある高良大社を京都に移したと言われ、 地主が竹内宿禰という事。

ということで、角田の高良玉垂神社は、高良社とも繋がっているのです。

宇佐八幡宮と言えば、和気清麻呂と秦氏。 稲荷信仰ですね。

河の神と繋がりそうなのが、何度も書いている治水神の禹(ウ)がおりますが、 猿田彦みたいなんですね。

禹は、体は魚になっていますが、奥さんは白い狐とも。

岩にいた狐に人目惚れしたと・・・。

禹は岩穴から生まれたとされるので、岩から生まれた伝承は雲南省などに多い。

雲南省は「申」の渦巻きを神格化したモチーフがあるので、 隼人の盾の渦巻きと同じ思想ではないか?

申から神の漢字になりました。

日本では治水神となり、大洪水の氾濫を治めたと人として有名な禹ですが 渡来人が川をせき止めようとすると、

猿が邪魔をするという伝承や、 岩に猿の名前が多いのも、禹の猿のような人(猿彦命)に関係するようなのです。

人柱などの風習もやっていたかもしれないですけど。

元、先住民のノロやウタキのような人たちは岩場にいたわけです。

海女が海に潜って真珠をとってくることが不思議だったので、

 龍(海)からもたらす玉と考えられ、海女=豊玉姫となった伝承もあるのです。

※火折尊(ホオリ=ホホデミ)と豊玉姫(Wikipedia)

 ホオリは山幸彦。(神武天皇の諱)。

 兄の海幸彦の娘、豊玉姫との間にウガヤフキアエズを産む。

ホオリのお墓は、高千穂日向であった場所に祀られている。(高屋山上陵)

※天津日高彦火火出見尊 高屋山上陵 拝所

なので、2つの玉=豊玉姫=海女の真珠という説もあった。

確かに。

海の卑弥呼、神功皇后が海(産み)の女神であることを、 九州の豪族たちが伝えたものであり、東北地方にその痕跡が残されている。

という事なのです。(以下引用)

『応神天皇が龍王の娘と結婚し子をなすのは、 藤原氏の始祖が海女と結婚する海女の玉取り説話に語られてきた物語に類似する。

婚姻は相手の力を自らのものとするための常套手段だが、 海の世界を統べる龍王と婚姻関係を結ぶことが神話的に妄想されていたのである。

瀬戸内の海域を支配下におさめた平清盛が玄界灘の海の神である宗像三女神を祀る 厳島神社を氏の社としたのも、

海洋交通を掌握するためだけではなく、 龍王の守護を妄想していたのかもしれない。

源氏は、宇佐に本拠地を持ち、九州全域で信仰されていた八幡神を氏神とした。

それもまた新羅を抑えた軍神であり、海の女神でもある神功皇后の守護を 求めていたためだろう。』

『日本社会では、権力者はたいていの場合、男性なのだから、 結ばれる相手は女性でなければならないということになる。

だから、海の神は女神でなければならないのである。』

『神功皇后が新羅へと船出したとき、すでに応神天皇を懐妊していたのだが 男装して海を渡り、のちに筑紫で出産している。

 その産み処を宇美(うみ)と名づけたという地名由来説話が付随する。

単純に言って、海の神が女であるのは、 「うみ」の語が「産み」とつながっているせいでもあるだろう。』

「ちくまWeb」より。 http://www.webchikuma.jp/articles/-/508?page=4

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しかし、元は、仁和多利権現だった。 ここが謎。

海女の海民がいた所に、ニニギ関係の神(天孫)祀り、国津神と一緒にしているが、

 角田の場合、元は「仁和多利権現」だったのだから、 名前を高良玉垂に変えているのは、

なんとなく、 仁和多利権現を消したい思惑がみえてくるのです。(明治政府が)

「高良玉垂命」という人をさす神を祀っているとの事ですが、 これが何の意味があるのかもわかっていません。

似たような所では、七北田川があります。

七北田川に留石神社がありますが、河の神に似ています。

 七北川沿いにある二柱神社も、元は仁和多理権現だったのです。

 神仏分離令で名前を二柱の神としているので、 イザナギ・イザナミよりは、道祖神の方だと思います。

ニワタリというので、鶏とも言われますが、 会津では鬼渡として多く祀られ、宮城県南、相馬地方にも多いのです。

 実際、どんな神かわかっていませんが、 ミワタリや、御神渡(オミワタリ)などから、諏訪神や三輪信仰とも言われます。

多賀城にも笠神という所に、笠石神社があり仁和多理権現を祀っています。

かつてここに巨石のイワウラ信仰があったらしく、地名も「日向」があった。

七北田川も北斗七星を模しており、塩釜神社の志波彦命が 石につまづいて落馬した川なので冠川と呼ばれていました。

 川は処刑場でも利用されていたので、何かといろいろあります。

といったことで、仁和多理権現と高良玉垂神社というのは、 非常に珍しいのです。

この2つの関係の謎は、角田のヒタカミにあると思うのですが、 そこまで追いつけない。

 いつかわかる時がくると思います。

ちなみに、15世紀、沖縄与那国島に、「サンアイ・イソバ」という名の女性首長がいました。

海をみながら横になっているような、そんな風景がみられた平和な巫女さんだったのか?

サンアイはガジュマルの意味がある村の名で イソバが名前だそうです。

「イソバアブ」(阿母)とも呼ばれていたのです。 阿武隈川にも通じる言葉。

※沖縄県金武町の「伊芸のガジマル」(Wikipedia)

子孫は「島袋家」との事。 「袋」の地名には、熊本県水俣の袋地区がある。

メチル水銀で水俣病を発生させた場所。

(九州の海)

友人が住んでいて行ったことがありますが、袋は子宮の意味があると。

島は、海が生み出した子宮であるならば、 そこで生まれた私たちは、子供なのです。

 母は海でカカの蛇と繋がる。

サルタヒコは海のカカで母なのだ。

水俣湾にたつ保食神の碑(うけもち)

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最後に、岩手県一関で舞草刀の湾曲刀が有名ですが、 インドネシアのクリス(短剣)についてWikiの備考に、

「日本の古墳時代の遺跡から出土する蛇行剣の祖形を東南アジア圏のクリス短剣 に求める説があるが、

実質的な出土事例は「蛇行剣」の方が古い。

類似した形状の武器は、日本の蛇行剣の他、中国の蛇矛及び中国武術の蛇剣、

 ヨーロッパ圏のフランベルジェなどがあり、いずれも剣身が曲がっている。」

典型的なクリス

という事で、「曲がる」剣なり刀が神聖な意図があり、 このクリスの剣が九州王朝を示しているようにも感じるのです。

※クリスの短剣

常に身に着けていたというので、霊剣として用いれらたと考えられます。

しかも、その蛇行剣を誰かにもらい受けた「丸部具(ワニベのソナフ)」という 人がいて、

その剣を持ったら悪いことが起こったという話しがあった。

石巻の和邇氏の丸子、丸に繋がる!(天智天皇の時代)

この剣がさびてしまい畠で発掘された時、刀の部分は鏡のように光っていた為、 朝廷に献上した話しがある。

刀の技術を伝えるものなのですが、 和邇氏=丸子氏の関連を示す、クリスの剣なのです。

 もし隼人の剣であれば、和邇氏などの海民は、 湾曲や高い技術の剣を共同で考案し、

後の舞草刀に発展したのかもしれません。

※大野田(長町)春日社古墳の革盾(復元図)

この紋様は九州(熊本県)渡来してきた多氏の横穴石室と同じ形状のもの。

 かなり呪術的な渦巻きやギザギザの波紋様などがある。

 近畿から陸奥国にいた豪族に交友の証としてもらったものだとされる。

隼人も外国人を迎える時の儀式として、盾を送る習慣があった。

縄文土器に描かれる渦巻きと隼人の盾

※天の王朝より https://plaza.rakuten.co.jp/yfuse/diary/201512170000/

震災直後、ニュースで渦巻の映像をみました。

縄文土偶のお腹にも渦巻きを描きます。

海が女性なのは渦巻きを象徴しているからです。

山は豊かな食をもたらし、川が豊かな水を潤す。

ワタツミとヤマツミの世界観が県南にはあります。

山岳民族の風習が時には残酷にみえますが、 クリスという剣を見る限り、これは蛇を現し薬師様でしょう。

西洋では、アスクレピオスの杖。

世界共通で、このような「智慧の杖」を授かるのは、サンカの話しに出てくる多治比氏です。

それは蝮(まむし)であり、「真実の蛇」の意味をもつのです。

大野東人が東北地方に残してきた薬師様に、クリスの剣が潜んでいるならば、

遠い南国の海からきた人たちにとって、寒い東北地方の冬は辛かったでしょう。

津波の被害にあいながらも、やませの風を受け、 細々と産土神を真摯に守っていたのではないでしょうか。

今は、津波の被害が重く、海との境を厚い壁で覆われている。

東北には、海民の力が必要なのだ。

※閖上の海

ということで、結果、九州に繋がったのは、 なんだか嬉しいのです。

東北と繋がっていくれてよかったと思うのです。

フルフルは連動するのです。

東北と九州が繋がっているからです。

妄想はきりがないので、これにておしまい。

おまけ-------------------------------

角田に新しく道の駅が誕生してた~♪

 おかげでもっと角田が楽しめるようになった!笑

濃厚なチョコソフトクリーム♪

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