秩父・仙台まほろばの道

秩父と東北地方の伝説・神話を探訪。

千歳山周辺散策@エンドレスノット

2019-11-19 | あこや姫伝説

万松寺へ。

お寺の奥には、阿古耶姫や藤原実方の碑、修験者たちの塚や講の集まり、 明治天皇を含め、

ずらりと霊が鎮座する場所があります。

そこにお参りした直後です。

カーン、カーンという高い音が聞こえ、複数の女性たちの祈祷が始まりました。

体にズシン、ズシンと響く般若心経と木魚が、心臓の鼓動と同じリズムでした。

ちょっと心地いい。

なんだか帰れなくなってしまい、しばらくお経が終わるまで、 御堂と向き合っていました。

御堂は土間で、

本尊(中尊:釈迦牟尼仏立象像・脇仏:如意輪観世音 菩薩座像)や

脇侍(大迦葉尊者立像・阿難陀尊者立像)、不動明王立像が安置されている。

菊紋様の家紋が目立ちます。

お経を聴きながら、菊紋様に聞く。

なぜ私はここにいるのでしょう?笑(←なぜか笑える)

 菊は、「聴く」なんですね。

中心に坐す釈迦牟尼仏とは、

大乗仏教では、 十方(東南西北とその中間である四隅の八方と上下)

 三世(過去、未来、現在)の無量の諸仏の一仏で、 現在の娑婆(サハー、堪忍世界)の仏であると。

また、三身説では仏が現世の人々の前に現れた姿であるとされている。

釈迦の教法により解脱した聖者に「阿羅漢」がいますが、そのシンボルマークに これが出てきた!

 どっかで見た事あるような・・・。

 ※エンドレス・ノットの意匠は、アジアの多くの国でカルマの象徴とされる。

エンドレス・ノットとは、 結び目を用いたシンボルであり、8つのアシュタマンガラ(Ashtamangala;八吉祥)で構成される。

直訳すると「終わりなき結び目」「無限の結び目」。

八吉祥! ピンときた。

 だんぶり長者の吉祥姫!

そういう意味だったのかー!

仏教においては、煩悩に縛られていることから解放され、迷いの世界、

輪廻などの苦を脱して自由の境地に到達すること。 悟ること。

金剛杵の上にはチャットラ(Chattra)と呼ばれる傘がある。

これはチベットのアシュタマンガラ(Ashtamangala、八吉祥)と呼ばれる吉祥物のひとつで、

ブータンの人々と国王の精神的な守りを意味する。

チベットに繋がるとは・・・、

このシンボルの解釈のひとつに「先祖とユビキタスを結びつける結び目の象徴」とあった。

※ユビキタス・・・いつでもどこでも存在する「偏在」を意味。

確かに、日本の原風景は、ヒマラヤやチベットとよく似ている。

エンドレスノットの紋様は、以前、Rさんが子供の頃に書いていた紋様の話とよく似ている。

宇宙の記憶をもった子供たちは、この紋様を無意識に書いていたと。

私はこの紋様を書いていたことを覚えていないが、見たことがあると思いました。

リラを故郷にする人や、リラのエネルギーを強く持つ人にとって、 この文様はある種の「お守り」として機能するのだろうとの説。

とても興味のある話しです。

これがリラ星の紋様。

「8」紋様の正体です。(横も縦もどちらも)

あ~、思えば私がスピリチャルにハマったのは、チベットでありヒマラヤだった。

記憶の王国マナスル。

※物部守屋:顕彰碑拓本

2011年7月に調査が始まり内容が明らかになった。

 千歳山公園に立つ石碑。

1896(明治29)年12月に建立。

 それまで生い茂る森の中で誰も気づかなかった。

久々に訪れましたが、立派になっていました。

石碑の一文。

『今、名分の学が開きゆくこの大御代(おおみよ:天皇の御治世)に、

守屋公の忠憤義慨が世に明らかになってゆくにつれ、山形県の有志の者が、

 同村の千歳山に祭場を設け、一千首余りの国歌を備え、 守屋公の忠勇遺烈を顕彰するものである。

すなわち、ここに大石碑を建て、守屋公の正義を後世に永く伝えて、邪道に迷い、

 大義をあやまることがないように、世に示すのである。  

明治廿六年十一月  陸軍大将議定官大勲位有栖川熾人(ありすがわ たるひと)親王

(注5)篆額  枢密院副議長従二位勳一等伯爵東久世通禧(ひがしくぜ みちとみ)(注6)撰并書』

物部守屋の碑

阿古耶松の碑(万松寺)

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織姫神社の紋様も、エンドレスノットと同じような意味があるわけです。

扶桑は、もののふ集団の故郷ではないか、と。

ツングース系の射日神話は、物部氏の系譜をもつと思います。

『古くは『山海経』に見られるように、はるか東海上に立つ伝説上の巨木であり、 そこから太陽が昇るとされていた。

古代、東洋の人々は、不老不死の仙人が棲むというユートピア

「仙境=蓬莱山・崑崙山」にあこがれ、同時に、太陽が毎朝若々しく再生してくる という生命の樹「扶桑樹」にあやかろうとした。

「蓬莱山」と「扶桑樹」は、古代の神仙思想が育んできた幻想である。

海東のかなたには、亀の背に乗った「壺型の蓬莱山」が浮ぶ。 海東の谷間には、

太陽が昇る「巨大な扶桑樹」がそびえる。

古代の人々は「蓬莱山に棲む仙人のように長生きし、扶桑樹に昇る太陽のように 若返りたい」と強く願い、

蓬莱山と扶桑樹への憧憬をつのらせてきたという。』

「下に湯谷があり、湯谷の上に扶桑があり、10の太陽が水浴びをする。

黒歯国の北であり、大木は水中にあり、9の太陽は下の枝に、1の太陽が上の枝にある 」(Wikipedia)

烏が乗る10の太陽という話は、三足烏の神話と共通である。

 10個の太陽を射る話し(オロチョン)など。

※漢代の壁画(右が火の鳥)=ヤタガラスは太陽の象徴

火の鳥が、鳥海山であり二ギハヤヒ伝承(鳥見山)となっている。

つまり、阿胡耶姫の松の木の精霊をもたらしたのは熊野修験であり、 扶桑の世界樹を意味するものだろう。

柱を建てるのは、世界樹を建てるという意味で。

出雲もそうです。

大国主は天をあおぎ世界樹に祈る。

中国では蓬莱山は、蜃気楼との説があり、 実際、山東省の蓬莱市(旧蓬莱県)は、蜃気楼の名所で古来より有名だそう。

そこに仙人が住む伝承があり、「五神山」と言う。

日本にもある徐福伝説ですが、不老不死がいる山なので道教がもたらしたものです。

※五の宮岳

鹿角の大日堂舞楽にも「五の宮岳」があります。 この山が、だんぶり長者の舞台になっているのです。

また、錦木塚伝説に登場し、子どもを攫う大鷲の住み処であったと伝わるため、 大鷲とは、世界樹に留まる鷲だと考えます。

※世界樹の上にたつのは鳥

秋田県鹿角市遺跡詳細分布調査報告書によれば、下鷲の巣遺跡・小豆沢館跡・

堂の上遺跡(縄文、奈良・平安時代)などの遺跡がある。

そして仏教は薬師信仰となり、鳥海山も薬師如来なのです。

鹿角は、縄文時代~平安時代、安倍貞任のいた鎌倉時代まで、

ずっと長い間、五の宮に世界樹を仰いでいたのではないか?

「東の海に蓬莱という山あるなり」の『竹取物語』は、富士山を差すといわれますが、

 実際、蓬莱山や扶桑国というのは、失われた大陸のことを言うのだと思います。

最後に、里の風景で出会った神社へ。

 千歳山散策はおしまい。

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