秩父・仙台まほろばの道

秩父と東北地方の伝説・神話を探訪。

千歳山周辺散策@観音堂

2019-11-16 | あこや姫伝説

水晶山の後に、再び山形へ。

 ちょっとだけたちよった寺社です。

 あまりお寺に行くことはないのですが、千歳山周辺は阿古耶姫伝承があり、

多くは観音様ですが、素晴らしい風景でした。

紅葉の季節の里風景は、本当に美しい。

雪が降らないうちに、また千歳山に登りました。

 なぜ再び千歳山に登ったのかは、しばらく後に書くことにします。

千歳山麓に「大日堂」があり、宮城県南にある名取老女や斎宮のある場所、

また、山形県内でも敵に殺された武士の妻が尼となって 開山されている伝承があるので、

マップをみて行ってみたくなりました。

 大日堂は後で。

武将の妻は、敵の妻になるか、入水するか、尼になるしかなかったようです。

特に天台宗がそのような妻たちを保護していました。

 観音様は両性具有と言われますが、中世の天照大御神は両性とされています。

なので、女も男もどっちの説もあるのは、崇高な精神をもつ人は、 男女どちらも兼ね備えていると言う事になります。

今回の散策では、阿胡耶姫伝承にあるように、亡くなった霊(特に女性)を供養するため、

 女性の尼僧や講がたくさん集まっていた感じがします。

弔う千歳山であったことがわかり、多くの方を供養している土地とわかりました。

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 いつもの萬松寺から急登を登り山頂を目指す。 萬松寺から登る人は、まずいない~。

 私はせっかちなので、早く到着するコースを選んでしまう。

 きついけど。

40分くらいで到着。 あっという間。

小さい方の石碑。「阿古耶松之遺蹟」

展望が素晴らしいのは、残念ながら松枯れで多くの松が伐採されました。

数年前はもっと松が生い茂っていたのですが・・・。

 阿古耶姫と松の木の精霊話しなのに、ほとんどの松が枯れている。

これは非常に残念なことです。

もう月山は雪。

さて、いつもは山頂から千歳山稲荷神社へ降りてくるのですが、 今回、始めての道を降りてみました。

コースは、耕龍寺の方。

道はわかりやすいのですが、降りれば降りるほど暗くうっそうとした森に。

途中の道表示が、「五郎宗吉稲荷神社」という看板になっていた。

このまま降りてよいのか不安になりながらも進むと、鳥居がみえて森の中に神社が。

五郎宗吉という人の稲荷神社がよくわからない・・・。

またもや、タイミングよく稲荷神社で登山客と出くわす。

 稲荷神社を参拝していると、上から男性が一人降りてきた。

あまりこの道は選ばれないと思うので、私がいたのでちょっとびっくりな感じ。

てか、私もびっくりだ。

なので、その方が先に降りてからゆっくり後をついていこう、 と思っていたら、

その方は、稲荷神社の鳥居と登山道が合流するところで、 立ち止まり、私が降りてくるのを待っているのだ・・・。

ああ、そっか、参拝したいわけか。

私が邪魔なんだと思い挨拶をしてそのまま通り過ぎようとしたのですが、

念の為、このまま下へ降りると耕龍寺にいけるのか、聞いてみました。

ご高齢の男性の方でしたが、丁寧に教えて頂き、 そのまま道をおりていくと、

鳥居の入口になり、ちゃんと看板の表示もありました。

その方は、私が複数の仲間と来ていると思い、一人できた、というと、 無言になった。笑。

唖然とするのかな。やっぱり。

心配してくれたのか、私の後をついて一緒に降りてくれました。

ほっとした~。おっちゃんもいろいろ。笑

草木供養碑

入口でお別れして、ゆっくり紅葉を楽しみながら無事、耕龍寺の前まで降りてきました。

このルートは良いかもしれない。

いつもと違った登山道を歩くのもよい。

して、私は観音堂を参拝したかったので、向かいの御堂へいくと、 さきほどの方が、

向かいの勧音堂に駐車していたので、また再開することに。

地元の方で山形市内から来られたと。

 阿古耶姫の伝承について調べていることを話したら、 阿古耶の清水を教えてもらった♪ラッキー。

すぐ近くにあったその小さな水溜まりの石がそれ。

この石は、硯石と言い、阿古耶と名が書かれた石碑がそばにありました。

 「阿胡耶の硯石」との事。

日照りでも水が枯れることがないという伝承。

水が枯れない伝承はよくありますが、治水神の伝承です。

おそらく、源氏の頭といわれた源頼義が応戦でやってきた時に、 源氏がもたらした伝承だと思います。

七ヶ宿にも同じ伝承があり、源頼義の話しになっています。

 源頼義は、八幡太郎義家の父です。

地元の方から、この付近のお寺のことや奥平清水の家々のことなど、 ちょっとした地元の情報を教えてもらう。

ここは「平清水」と言いますが、 この話は次にしまして、紅葉が美しい観音堂にお参りし、

 阿古耶姫とのご縁をつないでくれたことに御礼。

「ひがしやま ながれはおなじ ひらしみず  むすぶこころは すずしかるらん」

最上三十三観音六番

「平安中期、陸奥の源頼義が奥羽の安倍貞任一族と戦い、 その戦勝を京都の清水観音に祈願し成就したため、

京都の音羽の滝に似た平清水に京都清水寺より十一面観世音菩薩の分霊をまつり、 信仰を広めたといわれる。」

京都の音羽~。

清水寺の音羽の滝です。

 美容にいいという話しですが、正直、清水寺の音羽の滝に関しては何も感じない。

でも音羽川ならわかる。

京都へ行った時に参拝した下鴨神社に流れる高野川と鴨川の合流地点にあたる川。

やはり、斎宮なのです。

阿古耶姫の伝承は、2つのパターンがあり、

 ①藤原豊光系・・・木霊信仰

②藤原豊成系・・・中将姫の妹

どちらの伝承も同じ藤原家の娘になっているのですが、 阿古耶姫も同じ機織の魂をもっていると思うので、

姉とされる中将姫は、大麻寺(奈良県)で蓮糸で曼荼羅を織った人です。

兵庫県に伝わる阿古耶姫がタクハタチチヒメ(機織姫)です。

美しい里山ですね~。

「戸神山」という山らしい。

ということは、やはりピラミッドですね。

裏手の三角山もきれいなピラミッドです。

千歳山も天然から人工のピラミッドにしているという妄想。

太白山もそうです。

その直線に向く西の富神山もピラミッドです。(縄文遺跡あり)

 阿古耶姫がこの山を選んだのには、いろいろ理由がありそうです。

とにかく、山形県はピラミッドな山だらけ。

その地元の方が、五郎宗吉について調べている方が平清水にいたそうですが、

 ご高齢で亡くなられたそうで、もうそのことについて詳しい人はいないらしい。

もう高齢者が多いので、資料をみつけるのは難しいといった話に。

ほとんどが口承に限られてしまいます。 コツコツ拾っていくしかないですね。

「ながれすむ まつかぜかおる こうりゅうじ じぞうぼさつの めぐみやさしく」

 ※山形百八地蔵尊 五番

いずれ、名取老女のように、阿古耶姫も地元の方と交流する時がくると思います。

 今回のこのご縁を次に繋げていこうと思うのでした。

次も散策つづく。

千歳山公園でひとやすみ-----------------------------------

細長い雲。

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