旭ヶ丘学園訪問後、園長の小原さんが、市内の被害状況を見てほしいと街を案内してくださいました。
普通の街並みを抜け、ひとつの角を曲がったところに突然、災害の現場が姿を現します。
津波によって陸に乗り上げた船が、そのままの形で残っていました。
その隣には、黒く焼け焦げた船。今も、船内から炭の匂いが漂っています。
津波後、気仙沼を襲った火災の映像は衝撃的でした。この火災は、液化天然ガス(LNG)施設のタンクが津波の影響で爆発したことが原因で起きたと報道されています。その円柱型の巨大なタンクのひとつが転がっていました。
街のあちこちが地盤沈下し、今も水没しています。
日本酒で有名な「男山」の本社ビルは湾に面しており、甚大な被害を受けました。このビルは、もともと3階建てだったそうです。しかし、災害に打ちひしがれることなく、つい先日、生き残ったもろみで新酒の仕込みを再開しました。その心意気に、頭が下がります。
甚大すぎる被害を受けた魚市場も、6月の再開を目指しています。
最も津波の被害の大きかったエリアには、見渡す限り瓦礫の山が続き、戦場の跡を見るようでした。
しかし、大通りは自衛隊等の努力により瓦礫が取り除かれており、無事に通行することができました。
普通の街並みの一歩先に広がる、すさまじい破壊の爪痕。数えきれないほど多くの車がつぶれ、ひっくり返され、そして本来そこにあるはずのない藻のついた漁網が傾いた家の軒下にぶら下がり、船がビルに激突していました。
言葉もないような大きな被害の現場ですが、それでも街中には復興に向かう人々の前向きな意思が感じられました。気仙沼は、17日には朝市を再開し、18日にはマグロ漁を再開しています。前述の男山による酒造りや、6月に目標を定めた漁業関係者たちの熱い闘いも始まっています。こうした動きが強烈な光となって復興への道筋を照らし、街全体に温かい空気を作っている気がします。