因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

演劇集団円✕シアターχ提携公演『光射ス森』

2020-12-25 | 舞台
*内藤裕子作・演出 公式サイトはこちら シアターχ 27日まで

 林業を営む奥居家が物語の舞台である。中央に大きな座卓がどっしりと置かれ、家族はそこで筍ご飯や味噌汁を味わい、酒を酌み交わす。下手にはガラス戸に「奥居林業」と書かれた玄関、事務机、来客用のソファとテーブルがあり、上手にはひと休み用らしき空間があって、住居と仕事場が渾然一体となった家屋の様子がうかがえる。

 green flowersの『かっぽれ!』シリーズ(1,2,3,4)はじめ、この秋の嬉しい収穫であった円のプラスワン企画『初萩ノ花』など、内藤裕子の作品は、いわゆる「一杯道具」の舞台に登場する人々の様相をあるときは騒々しいまでに生き生きと、またあるときは息が詰まるほど細やかに描く確かな筆づかいと、それに応える俳優陣の誠実な演技が魅力的である。

 今回はそこから新しい方向性、切り口が示される舞台となった。

 奥居家の居間が、途中から農林業を営む沢村家の居間となる。ふたつの家庭を同じ空間で交互に見せながら、人々の行ったり来たりや関係性の変容をコミカルに描くのか…と予想した。しかし奥居林業でバリバリと働く有能な従業員で、奥居の長男和利(清田智彦)が思いを寄せているらしく、家族もそれを望んでいる沢村由里子(馬渡亜樹)に消防士の夫(石井英明)や、舞台に出て来ないが幼い息子がいると示されたところで、観客は微妙につまづく。

 東京芸術座に書き下ろした『おんやりょう』(2017年春)でも感じたことだが、内藤作品の次なる魅力は、実際の現場を丹念に取材し、誠実に描くところにある。「林業」とひと口に言っても、仕事や関わり方は多岐にわたっており、1本の苗木が成長して樹木となり、林が森になって山を成すまで、人間の一生よりも遥かに長い年月を辛抱強く働き続けねばならない。当然、次世代への継承という問題が生じる。思うようにならない自然を相手にすることであり、その労苦は想像もできない。

 内藤は日常会話のなかに林業の実際を説明台詞ではなく自然に織り交ぜながら、人物一人ひとりの心の内に分け入り、関係性の変容を描いてゆく。

 異なる時間の物語を同じ舞台に乗せる作品は珍しいものではない。しかし今回はその構造について、決してわかりやすい見せ方をしなかった点に特徴があり、作り手の意図があったと思われる。前述の「つまづき」は次第に「困惑」となり、「どうやらそういうことなのか」と理解できるまでに時間を要した。たとえば居間にカレンダーをかけたり、「〇〇年」の字幕を映したり、照明の色合いを変えるなど、観客に対して親切な見せ方はある。しかし劇作家は、そのいずれも使わなかった。作り手としては辛抱が必要であろうし、「うまく伝わらなかったら」と不安もあったと思う。観客も困惑したままで舞台を観続けるのは辛い(パンフレットに少しだけ種明かし、ヒントがあるが、わたしはそれに気づかず観劇した)。

 しかし、今夜の観劇のひとつの収穫は、迷いながらもいつの間にか、「作品を信じて委ねよう」という心持になったことであった。これまで内藤裕子の舞台を観続けてきた経験が信頼に結びついたのだ。また奥居家の場面を見ながら沢村家の人々、つまり目の前に居ない人のことを考える。沢村家の場面では、「この人たちは今はもう…」と思って胸がつまるなど、物語の構造を理解したのち、舞台の情景が変容する悲しみを味わった。

 ふと、地元局が制作する地元が舞台のNHKの「地域発ドラマ」を思い起こした。映像ならば、こちらを迷わせることなく、時間や空間の違いを自然に見せることができるだろう。しかしそれではこの作品の旨みや味わいが減ってしまうのではないか。わかりにくく、迷ってしまうけれども、ひと息辛抱して待つことによって、人々の心象に触れることができる。作り手もまた、観客を信じることに賭けたのではないだろうか。演劇だからできることが、今夜の舞台には確かにあった。

 ただ別の「つまづき」もあって、森林組合職員の内田くん(戎哲史)のある場面の演技がなぜあそこまで大仰なのか、母が亡くなって以来、奥居家の家事全般を長女(清水一雅子)が担っており、忙しく立ち働いている(彼女自身も勤めを持っているらしい)のに、祖父はともかく父も兄も座った切りで手伝おうとしないなど、それぞれに家風もあろうが違和感がある等々である。しかし作品を受け止める妨げにはならない。

 新緑の季節にぴったりの物語ではあるが、中止にならず、いつにも増してさまざまなことを考えずにはいられない今年の師走にあって、ようやく出会えた。しみじみと嬉しい一夜となった。
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