因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

シアター風姿花伝プロデュース『ボビー・フィッシャーはパサデナに住んでいる』

2014-07-21 | 舞台

*ラーシュ・ノレーン作 富永由美翻訳 上村聡史演出 公式サイトはこちら シアター風姿花伝 30日まで

 ボビー・フィッシャー(Wikipedia)は世界的な天才チェス・プレイヤーである。そしてパサデナはアメリカ・カリフォルニアの都市。これがなぜ本作のタイトルかはひとまず置き、公演情報を掲載した新聞記事に「手ごわい戯曲」、「せりふがうまくつながらないくらい飛躍する部分もある作品」、「せっかくなら、これぐらい難しいものをやりたい」(演出の上村談 いずれも朝日新聞)などとあると怖じ気づいてしまい、最後まで向き合えるかどうか、実は心配だった。これからお芝居をみにいくという浮き浮きした気分になれず、いつもは喜び勇んで歩くJR目白駅からの道のりも、足取りが重かったのである。

 あいだに10分の休憩をはさんで2時間40分、後半少し疲れたものの、だいじょうぶであった。たしかに生やさしい内容ではない。描写も激しいから正視するのが辛い場面もある。作る方はもちろん、みる方にもそうとうなエネルギーが必要だ。しかしこの4人の家族による会話として成立しない会話、一方的な自己主張、執拗な暴力暴言のひとつひとつに引き寄せられたのだ。
 観劇前の心配は杞憂であった。

 現代のスウェーデンのストックホルム。何らかの事情があって長いこと会うことがなかった4人家族が久しぶりに再会し、芝居を見に行った。うちには会社経営者の父(中嶋しゅう)、元女優の母(増子倭文江)、心を病む長男トーマス(前田一世)が暮らし、トーマスの姉エレン(那須佐代子)は教師をしており、別の住まいがあるらしい。あまり気乗りしていないエレンをやや強引に実家に立ち寄らせ、家族で少し話そうよというところから物語がはじまる。

 本作のテーマから少し離れてしまうかもしれないが、この家族がいっしょにみた芝居はどんなものだったのだろうか。かつて女優だった母の台詞からは、断片的な様子しか示されない。家族みんなで楽しめる芝居というのは、めったにないのではないかしらん。気の合う友だちや、互いの趣味趣向をよく知った上で同道するならまだしも、ただでさえ長いこと疎遠だったエレンや、精神的に不安定なトーマスを連れ出すのに、観劇というチョイスはいかがなものか。

 これは無用の深読みかもしれないが、たぶんこの芝居を楽しんだのは母だけで、いや母としても後輩が脚光を浴びているのはおもしろいものではなかったろう。その嫉妬心をふり払うために饒舌に褒めちぎったのかもしれない。
 もし芝居を4人がじゅうぶんに楽しんだのであれば、もっと言えば芝居でなく、何かスポーツ観戦などであれば、その後の家族のやりとりはちがったものになったのではないか。

 家族のやりとりに聞き入りながら、観劇前は予想もしていなかった幸福感がじわじわと心を満たしてゆく。
 陰惨と言ってよい家族のありさまをこれでもかとぶつけるように書いた戯曲。翻訳者はどれほど苦労したのだろう。演出は戯曲を立体化するために、どのような思考を重ねたのか。それに応えるために俳優、スタッフ、制作者、作品に関わるすべての人々が、大変な労苦があったのではなかろうか。

 楽しい話ではもちろんなく、単純な感動巨編でもない。日本人のメンタリティでは共感しにくい面が多い。興業的に成功するかも、むずかしいところであろう。
 しかし舞台から発せられるのは、この作品に注がれる作り手の情熱であり、献身の姿勢である。作るのも、宣伝し売り込むのもやっかいな作品だが、関わった方々は非常に幸福ではなかろうか。それが伝わるからこそ、客席の自分も作り手の心意気に負けていられないと気合いが入るのである。

 今日はゲストに女優の鷲尾真知子氏を迎えてアフタートークが行われた。
 途中から演出の上村氏が加わったこともあってか、客席からも率直、素朴にラストシーンのエレンの行動の意図、トーマスの造形、風変わりなタイトルの意味などに対する質問が寄せられて、楽しい時間となった。登壇したのが出演者の那須、増子、ゲストが鷲尾真知子という親しみやすい顔ぶれであることに加え、演出家の上村聡史がとても温かで気さくなお人柄が感じられることも、質問が多くでた理由であろう。何より、舞台から発せられる情熱に応えたい、この作品のことをもっと知りたいという気持ちを掻き立てられたのではないだろうか。客席から盛り上げていく、こういうアフタートークはめったにない。

 本作はシアター風姿花伝プロデュースの第一弾作品である。作り手にとって大勝負、賭けであったと想像する。
 観客が演目を選ぶのも、ひとつの賭けだ。『ボビー・フィッシャーズはパサデナに住んでいる』は、客席も一か八かの賭けに打って出るのに、じゅうぶんな手ごたえがある。
 自分が長丁場に耐えられるか、この家族の物語を最後まで見届けられるか、結論や解決のない結末を受けとめられるか、さまざまに混乱する心を抱えてなお、考えつづける体力気力があるかどうか。家族。このどうしようもなくひ弱で醜悪で残酷な交わりから完全に離れて生きることができない自分という存在であることを受けとめられるかどうか。

 物語の内容、舞台美術や照明、音響、俳優の造形や演出面などにほとんど触れない記事となった。観劇当日に書けるのはここまでであるということもまた、自分の能力としてしかと受けとめ、明日からも演劇人生は続くのである。

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