因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

秘密結社UZOUMZOU/別役実メモリアル参加作品『受付』

2021-07-29 | 舞台
*別役実作 久保井研(劇団唐組 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11)演出 雑遊 8月1日まで
  「劇団 秘密結社UZOUMZOU」の旗揚げ公演であり、「別役実メモリアル」参加作品は、俳優ふたりの会話劇である。舞台やや下手よりに机があり、電話や書類や文房具が置かれている。白い制服らしきワンピースにカーディガンを着た女1(金松彩夏)が登場し、やおら「受付」の札を取り出してデスク正面に置く。白いストッキングと同じく白いナースシューズは、ひと昔、いやずっと以前の病院の受付嬢の風情である。そこへサラリーマン風の男1(こねり翔)が不安げに訪れる。

 どこかの雑居ビルに入っている神経クリニックだろうか、不眠に悩む男1は診察をしてもらおうとやってきた。しかし受付嬢らしき女1はカンボジアの子どもたちの飢餓救済のカンパを皮切りに、アイバンクやらさまざまな話を持ち掛け、同じビルに入っているというそれぞれの受付の女性たちに電話をしては男1を紹介し、一向に受付を通そうとしない。「カンボジアの子どもたちはこんなにやせ細っているんです」と見せる雑誌の写真がコンゴの子どもたちであったりと、そうとうに胡散臭い。

 まともな男1が、明らかにおかしい女1に徹底的にはぐらかされ、「非暴力の暴力」的な話術に丸め込まれ、翻弄され続ける様相は、別役会話劇のおもしろさを堪能できるところである。しかし疲れ果てた男1が、遂に安楽死協会の受付へと階段を昇っていく終幕には背筋が寒くなる。そして奥から現れた白衣の男(こねり翔二役)もまた、女1に操られる存在であり、いやもしかすると最初は患者として受付にやってきたが、自分は医者だと思い込まされているのかもしれない…。

 イヨネスコの『授業』を思い起こす。授業を受けに来訪した女生徒と教授が、算術にはじまっていろいろな科目を学ぶのち、惨劇に至る。これまでいくつかの座組で観劇したが、毎回気になるのが、時折登場して教授に口出ししては追い出される「女中」の存在だ。教授はこれまで何人もの女生徒を亡き者にしており、女中は「最初に算術はやめた方が」程度は言うものの、次々と女生徒を受け入れ続け、つまりは不作為の殺人、殺人幇助的役割を果たしている。教授と女中が実は懇ろな間柄であり、互いへの不信と欲求不満と嫉妬の絡み合う感情の歪んだ矛先が女生徒に向けられたという読み方も可能で、衝動的なようで計画的な殺人劇なのである。

 別役実の『受付』は、この女中が舞台の中心に歩み出てきたように見える。「わたしは独身だと二度も言ったのに、(男1は)全く関心を持たなかった」という終盤の台詞は、口調こそゆったりと静かだが、胸の奥底に情念を滾らせている。ほかの階の女性たちも恋愛や結婚には恵まれていない様子で、これはもしかすると女性たちによる男性への、いや社会への復讐譚であるのかもしれない。

 当日リーフレットに記された二人の演じ手と演出家の言葉を読み返す。「自分の感情が何の基準にもならない」「頼るのは自らの感情ではなく、(中略)色んなものをそぎ落とすことに集中せざると得ない」というこねり翔、「最初の躓きは、台詞が覚えられない事」「台詞が自分の身体を流れ始め、リアルな人間に近づけば近づく程、別役さんの書いた言葉の面白味が消えてしまう」という金松彩夏の実感と、「戯曲を立体化していく時、演じ手のパーソナルな部分がとても気になる」「こねり翔さんのご家庭での様子や、金松彩夏さんの友人関係など、役者の無意識なふるまいだったり、佇まいや逸話などのから色んな事柄を想像する」という演出の久保井研の感覚の方向性は非常に興味深い。その両者が最終的に別役実の戯曲、その言葉の世界に収斂していったのが、今夜の舞台であったのだ。
 
 感染拡大の止まらない状況をよそに、劇場周辺の居酒屋は賑わいを見せていた。この街のどこかに心を病んだ男がいて、どこかのビルの受付に迷い込んでいる。そんな妄想にかられながら、東京オリンピックの喧騒に背を向けて、平日の仕事帰りの夜、このように濃密で、後を引く舞台に出会えることの幸せを噛みしめた。
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