因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

NHK Eテレ「こころの時代アーカイブス~宗教・人生~皆川達夫 宇宙の音楽(ムジカ)が聴こえる」

2020-05-16 | 音楽

*5月7日放送 番組サイトはこちら 今年4月19日、音楽史家の皆川達夫氏が92歳で逝去された。番組は2005年4月24日に放送されたもので、当時78歳の皆川氏に、中世音楽との出会い、魅力の理由や学究のプロセス、信仰に導かれるまでを聴く。

 はじめに皆川達夫氏にまつわる個人的な思い出をふたつ。80年代、友人に誘われて、「中世音楽合唱団」というちょっと変わった団体の演奏会に足を運んだことがある。アカペラの典雅な聖歌や軽やかなマドリガルの数々を指揮し、穏やかな語り口の解説をしておられたのが皆川氏であった。演奏会最後の恒例は、「夏のカノン」を合唱団と客席が輪唱で歌う。「皆川先生の指揮で歌えた!」と心躍るほど楽しいもので、この喜びは今でも忘れられない。

 もうひとつも80年代で、東京六大学合唱連盟の合同演奏会において、立教大学グリークラブによる男声合唱組曲「御誦」(オラショ/大島ミチル作曲)を聴いたときの強烈な印象である。隠れキリシタンの祈りを合唱にしたもので、囁くような「ガラサガラサ 満ちたもうマリア」がやがて地鳴りのような響きになり、手拍子や足踏みも加わって、合唱とは美しいハーモニーであるという概念が消し飛ぶほど衝撃的であった。この指揮をしておられたのが皆川氏だったと記憶するのだが。

 番組は、皆川達夫という音楽史家が中世音楽と隠れキリシタンの「歌オラショ」と出会うべくして出会い、信仰に導かれるまでを皆川氏へのインタヴューを中心に紹介するもので、視聴によって、この個人的なふたつの思い出が鮮やかにつながった。

 意外だったのは、少年時代の氏は謡曲好きで、あだ名は「アブノーマル」の「あぶちゃん」だったそうな。謡曲「羽衣」のさわりを披露する声と節回しの見事なこと。音楽や芝居好きのあぶちゃんは、元水戸藩士の謹厳な父に馴染めず、戦争中は級友からいじめを受けるなど、辛い体験をする。その一方で、中学の教師に俳人の加藤楸邨がいたこと、「君たちは亀の鳴き声を聞いたことがあるか。これに耳を傾けられないような人間に、世界をどうこうする資格は無い」と、きっぱりとした戦争批判を聴いた思い出を語る。

 敗戦を迎えた虚無感を音楽や演劇にのめり込むことで立ち直り、「音楽は人を救える」と、音楽の研究を志す。当時の「バッハ以外に音楽はない」という風潮に反するように、バッハ以前の中世の音楽研究にのめり込み、アメリカへ留学し、グスタフ・リースやクルト・ザックスの薫陶を受ける。

 中世のルネサンス音楽の特徴は「ポリフォニー」、ひとつのメロディを各声部が次々に受け継いで歌うところにあって、ソプラノが主旋律であとは伴奏ではなく、全パートが平等に主体となる。氏は「ここに人間の偽らざる心が表れている」と語る。

 やがて氏は長崎の生月島(いきつきしま)の隠れキリシタン(現在は潜伏キリシタンと呼ぶ)による「歌オラショ」に巡り合う。日本語と外国語が交じり合ったことば、不思議な節回しに魅せられた氏は、何度も長崎に通い、集落ごとに異なる「歌オラショ」を録音し、遂に、これがスペインやポルトガル訛りの古いラテン語であり、中世スペインの聖歌に起源があることを突き止める。激しい弾圧の時代にあって、隠れキリシタンたちは、先祖から教わった祈りのことばと聖歌を「歌オラショ」として、命がけで継承したのである。

 氏は、弾圧の中で希望の春を信じ、はらいその寺(パラダイス)は、自分の心の中にあるとした信仰を貫いた隠れキリシタンの人間性に感銘を受けたこと、水戸藩士であった自分の祖先が彼らを迫害していたにちがいない(水戸藩のキリシタン弾圧は非常に厳しかった)、そして自分ももしかしたら同じことをしたかもしれないという贖罪の意識が研究に駆り立てたと振り返る。その贖罪の意識は、西洋と東洋を超える音楽の本質を探り、少年時代の夢を実現することにつながった。偶然のようですべてが必然であったこと、人間の力の及ばない「大きな御手の中で生かさせていただいている」と気づき、カトリックの洗礼を受けるに至ったのだという。

 印象深い言葉のひとつに「倍音」(ばいおん)がある(比較的わかりやすく説明したサイト)。歌っているとき、出している音の倍の周波数の音が鳴ることがある。それはまさに天上の音楽、天使の声であり、「この世では見えないものが見えてくる、聞こえない宇宙の音楽が聴こえてくる」のであると。皆川氏が信仰に導かれたのは、ごく自然なことであり、人の魂と音楽が、ポリフォニーを奏でるような人生であったと思われる。「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです」(新約聖書ヘブライ人への手紙)と記されたことが、皆川達夫という音楽史家、信仰者の人生において、結実したのである。

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