因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

青年劇場『きみはいくさに征ったけれど』

2018-03-13 | 舞台

*大西弘記(TOKYOハンバーグ)作 関根信一(劇団フライングステージ)演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 18日まで
 三重県伊勢市出身の詩人・竹内浩三の詩「ぼくもいくさに征くのだけれど」は、時代に翻弄され、否応なく戦場に駆り立てられる青年の悲痛を詠みながら、どこかとぼけたユーモアもにじむ。青年劇場が同じ伊勢市出身の劇作家・大西弘記に書き下ろしを依頼し、丁寧で温かな舞台作りで劇団内外で活躍する関根信一が演出を担った。公演パンフレットには、地元伊勢市で竹内浩三の作品や生き方を伝え、残そうと活動する伊勢赤門三ツ星会の岡田美代子さん、多くの関連書籍の編集に携わる小林察さんからのメッセージが掲載されている。また子どもや若者の成長に関わる文化現象が専門の中西新太郎さんによる「新作プレ企画」講演や、出演者と高校生による竹内浩三の詩の朗読も行われており、多くの方々の思いが結実する公演となった。

  木々が芽吹き、花がほころぶこの季節にふさわしい爽やかな舞台であると同時に、ファンタジーやノスタルジーに回収されず、教訓めいてもおらず、主人公の少年がこれからどう生きていくかを観客みずからも自分自身への問いとして抱えていく厳しさを伝える佳品であった。

 主人公の高校二年生宮斗(みやと)は幼いころに父を亡くし、母と二人暮らしである。級友たちから執拗で陰湿ないじめにあっており、再婚を考えている母とは気まずく居場所がない。思いつめてマンションの屋上から飛び降りようとしたところに、関西弁のおかしな青年が現れる。

 1945年フィリピンで戦死した詩人の竹内浩三と、現在に生きる宮斗が出会い、宮斗が父の故郷である三重県伊勢市の祖母との暮しのなかで、その地で生まれ育った浩三の詩を愛する地元の人々との交わりを通して新しく歩き出そうとする物語である。中央の主舞台が祖母の家や学校、うどん屋になり、数脚の椅子を並べ替えて新幹線や電車、浩三の墓に向かう車に見立てたり、無理なく観客の想像力を喚起する作りだ。

 この世にいない人と現実の人が出会い、驚いたり戸惑ったりしながら、死者のまなざしが生者に勇気を与え、困難に打ち勝つといった物語は少なからず存在する。主人公にしか見えない不思議な存在であり、神出鬼没でさみしがりや。ずっといてくれると信じていたのに最後には別れがきて…といった流れは想像にたやすい。つまり既存作品が数多く存在するということなのだ。

  しかし今夜の舞台は同様の趣向や構造をもつあまたの過去作品から爽やかに際立ち、見る者の心に長く残るものであろう。それは突拍子もない設定やこしらえで観客の度肝を抜いたわけではない。うっかりすれば凡庸に陥りそうな死者と生者の出逢いがモチーフである。「結局ファンタジーだから」「現実はこうではない」と、観客の意識もつい覚めがちだ。それをわたしたちもまた今夜の舞台で竹内浩三と出会ったこと、「生きたい」と願った彼の心を、70年後の自分たちもまた自分自身の願いとして受け止めようとする、極めて現実的な感覚を呼び覚ますことに成功したためである。

  特筆しておきたいのは以下の点である。無視され苛められ、日々心身を傷つけられている子どもに向かって、「戦争で殺されることに比べたら大したことはない」といった励ましは意味を持たない。確かに空襲で家を壊されたり、明日の食料にも事欠いたり、家族を亡くすことに比べれば、ごく小さなことかもしれない。しかし「消えたい」と思いつめる子どもたちの心を救うのに、安易な比較は無意味である。本作は宮斗がほとんど覚えていない父が竹内浩三の詩が好きだったということから、十分に心を通い合わせられなかった父が、苦悩する息子のところへやってきた、あるいは悩む心が父を呼び起こしたとするのである。

 つぎに音楽について。劇中、浩三が好きだったというクラシック音楽が数曲流れる。そのなかにブラームスの弦楽六重奏曲第1番があり、重々しくも狂おしいヴァイオリンの調べが鳴り響くと、反射的に唐十郎の『秘密の花園』が思い浮かび、紅テントの幕が開いて闇の中をヒロインが去っていかねばどうにもならないほど、耳にも目にも強烈なイメージを焼きつけられている。曲を曲として聞けないということでもあり、本作の中盤でこの曲が流れたとき、思わず「ここじゃない」と腰が浮きそうになったのである。

 しかし物語が進み、主人公が悲壮な表情と声で「生きよう」と決意する終幕でこの曲が流れたとき、唐十郎が消えてしまったわけではなく、ブラームスは自分のなかで新しいものに生まれ変わっていた。戯曲に指定があったのか、関連資料に彼がこの曲を好んでいた記述があったのか、演出によるものかはわからないが、これからこの曲を耳にするたび、紅テントの光景とともに、今夜の舞台が瑞々しく蘇ることだろう。

 本作はこの冬、関東・東海地方を巡演するとのこと。ひとりでも多くの人が竹内浩三に出会い、新しい一歩を歩み出せるように。

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