因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

文学座アトリエ70周年記念イベント<岸田國士フェスティバル>岸田國士リーディング&トーク『紙風船』

2020-03-21 | 舞台

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3月21日『歳月/動員挿話』(1,2)14時の回終演後に行われた。
◇第1部 リーディング『紙風船』鵜山仁演出 石橋徹郎、山本郁子出演
◇第2部 トーク 長塚圭史(劇作家・演出家・俳優)、鵜山仁(文学座演出家)、司会/石橋徹郎(文学座俳優)

 『紙風船』の登場人物は夫と妻。時・晴れた日曜の午後、所・庭に面した座敷。戯曲の設定はこれだけである。夫婦の名前も年齢も記されていない。新聞の懸賞募集の課題にかこつけた、「結婚後1年の日曜日を如何に過すか」という台詞をそのまま当てはめれば、まだまだ新婚といってもいいくらいである。発表されたのは1925年だ。大正時代の夫婦というのがどのような言葉使いをしていたのかは、山の手や下町、環境によって異なるのではあろうが、本作の夫婦は非常に知的で老成した口ぶりである。が、その一方でどこか地に足のつかない幼さや瑞々しさもあり、ふたりの背景や性格というものが観るたびにわからなくなる。つまりそれほど自由な作品であり、演出や演技の幅が期待できるとも言えよう。

 リーディングと銘打っていながら、俳優は途中から台本を離し、ほぼ本式の上演に近い。さらに予想もしていなかった演出が施されていた。後半、夫婦が「ごっこ遊び」のように鎌倉への小旅行を空想する。海に入った妻を夫が写真に収めようとして、ふと照明の色合いが変わる。夫が妻の台詞を、妻が夫の台詞を言うのである。いったい何が始まるのか。そのあとも何度か夫と妻の役柄が交代するのだが、無理や不自然がなく、つまり作り手のエゴや強引なところがまったく感じられなかったのである。海の場面で、山本が「夫の台詞を聴くのが辛い」(ことばは記憶によるもの、終演後のトークで明かされた)と言ったのがきっかけとのことだが、演じる俳優ならではの繊細な感覚から導き出されたこの手法は、単なる見せ方ではない。人物の心の奥底をのぞき込む恐ろしさがあり、これは他が真似することはできず、今回しか見られないものであろう。

 お隣の少女が投げ込んだ紙風船を夫婦して弄ぶ終幕。紙風船を膝に抱えた妻を、夫はからだごとふんわりと包み込む。紙風船が赤子のようにも見えて妻がいじらしくもあり、男女の肌の触れ合いがエロティックな印象も残す。夫婦で過ごす日曜の午後を持て余した夫が妻に言う。「おれは、お前とかうしてゐることが、だんだんうれしくなくなつて来た、それは事実だ。しかし、お前がゐなくなった時のことを考へると、立つても坐つてもゐられないやうな気がする、それもほんとだ」。何と正直でかと苦笑しつつ、誰かと生きていくことの宿命すら感じさせて、切なくなる。

 トークでは1、岸田作品のおもしろさ 2、新劇の功罪 3、ウィルスと演劇というテーマに沿ったり脱線したりの楽しいやりとりが大いに盛り上がった。予定通りに公演が行われたこと、現状に対して冷静に慎重に対処しつつ、目に見えないウィルスという驚異に静かに立ち向かう覚悟が伝わって、励まされるひと時となった。

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