因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

May's frontview Vol.34『零度の掌』 

2015-03-29 | 舞台

*金哲義作・演出 公式サイトはこちら Alice Festival2014参加作品(1,2,3,4,5,6,7,8)29日で終了
 ソウルの劇団コルモッキル公演『満州戦線』との交互上演で、Alice Festival2014の掉尾を飾る。
 2013年のおそらく秋のことだろう。大阪で暮らす在日朝鮮人ソンフォが、北の祖国に旅をする。在日韓国人である妻に手伝ってもらいながら、北で暮らす親戚たちのために、衣類や食糧、現金など持てるだけの荷物を用意する場面にはじまる物語である。北朝鮮行きの飛行機の搭乗口は空港のはずれにあり、ソンフォはともに旅立つ老女や老人たちを気づかいながら長い通路をひたすら歩く。ソンフォ役の柴崎辰治以外の俳優が、手に仮面をもって顔を隠し、腰を曲げたゆっくりした歩みで老人を演じる。今回のソンフォの帰国は高校生のときから24年ぶりになるのだが、親戚との再会への期待というより、どこか不穏な空気が漂う。
 やがてソンフォは、自分たちを出迎えたアンネウォンと呼ばれる北朝鮮の案内員や、サチョッチェギンブと呼ばれ、在日が北朝鮮訪問時に親戚や友人との面会などの世話係、つまり同胞たちとのやりとりに神経をすり減らすことになる。

 漠然と「在日」「コリア」としか捉えていなかった自分は、祖国が南北に分断されたことの想像の及ばないほど深い悲しみ、それでも熱く生きていくことを、Mayの舞台から学び、感じとってきた。血と祖国。これが金哲義の、そしてMayが作りだす舞台のキーワードである。家族の情愛を軸にしたややドタバタ風のコメディであっても、祖父母から三代に渡る重厚な大河ドラマ風であっても、血と祖国が描かれていることに変わりはない。いまさらながらすごいと思うのは、じつに単純な表現になってしまうが、どの作品もちがうことである。また血と祖国の話かと辟易したことは一度もない。劇作家にとってそれほど重く深い課題であり、どうしても書きたい、書かなければならないことなのである。

 ぜんそく持ちのソンフォが、10日間の滞在期間中に何度も傷つき、消耗してゆくさまは非常に痛ましい。それでも日本にいる妻との国際電話で、漫画家のやなせたかしが死んだことや、「笑っていいとも!」が終了することを聞かされて嘆いたり、驚いたりする場面に救われて、問題をただ重く前面に出すだけではない金哲義の作劇の巧みなることに気づかされる。

 物語がはじまったとき、ソンフォが北の親戚と再会する場面が作品の中心になると予想した。祖国に到着した早々から彼はさまざまなことに巻きこまれ、利用され、困惑と疲労を深めていく。その頂点で、親戚に再会するタイミングとなる。ソンフォは再会の様子を淡々と語る。持参した金の分配に不満をもつ親戚が怒って席を立とうとしたところを、べつの親戚が激しく止め、こう一喝したというのだ。「ソンフォをもてなすのは国家の意志だ」。
 国家の意志。そこにひとりの人間の、相手に対する心はないのか。

 親戚との再会をソンフォの台詞だけで示したことは、自分のなかでもまだ落としどころがみつかっていない。金哲義の筆の力があって、それを信頼する俳優陣の技量をもってすれば、二役や三役で親戚たちを演じることは可能なはずだ。そこをなぜ台詞だけにしたのか。ソンフォの台詞は決して長くないため、説明台詞には聞こえない。これを独白形式にすれば、もっと長く、しかも劇的に表現することもできる。しかしソンフォは、これだけ話すのがやっとというほど傷つき、疲れ果てている。再会の夢が裏切られたことは辛く悲しいことだろう。話したくない、しかし黙って抱えているのも辛い。ソンフォの悲しみがそくそくと伝わってくる。

 10日間の滞在を終えて人々は日本へ戻ってきた。出発と同じように到着ロビーから空港の長い通路をひたすら歩く。顔に仮面をつけた何人かの老人たちと、ソンフォはうつむいたまま黙々と歩く。どうか顔を上げて!思わず声をかけたくなった。彼がどんな気持ちで歩いているのか。自分がどれほど知識を得て考え、想像したとしても、理解すること、共感することは困難であろう。かんたんにわかる事柄ではない。しかしMayの舞台に出会ってからの自分は、それでも知りたい、近づきたい、感じとりたいと願うようになった。
 しかも観劇を重ねるごとに、以前よりわかるようになったわけではなく、正直に言えばますますわかりにくくなるのである。いや、わかるわからないで考えないほうがいいのだ。毎回Mayは全力でいろいろな球を客席に投げてくる。直球あり変化球あり、予想がつかない。それを受けとめる。登場人物たちの饒舌なやりとりに身を乗り出して聞き入りながら、それでもなお聞こえてこない何かに耳をすませよう。

 タイニイアリスの閉館によって、Mayの東京での活動が案じられたが、8月28日~30日に阿佐ヶ谷のシアターシャイン10周年記念提携公演として、新作の『メラニズムサラマンダー』が上演される由、嬉しいことだ。また5月2、3両日は中野富士見町のplan-Bで、金哲義と劇団タルオルム主宰の金民樹が結成したふたりユニット「unit航路-ハンロ-」の2年間を追ったドキュメンタリー映画『航路/ハンロ』が特別上映が決まっており、自分のMayへののめり込みはますます強くなりそうだ。

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