まずは因幡屋の『少女仮面』観劇記録をおさらい。blog記事をリンクいたします。
①1982年7月 小林勝也演出 渡辺えり(当時渡辺えり子 )、森下愛子、佐古正人(当時佐古雅誉)他出演 渋谷パルコパート3 ②2019年10月 文学座附属研究所研修科の発表会 小林勝也演出 文学座新モリヤビル ③2020年1月トライストーン・エンタテイメント公演 杉原邦生演出 若村麻由美主演 シアタートラムに続いて、③2020年2月 月船さらら主宰métro公演 天願大介演出 月船さらら主演 中野・テアトルBONBON ④2021年12月 新宿梁山泊 李麗仙追悼特別公演 金守珍演出 水嶋カンナ主演 芝居砦満天星
当初は2020年5月の上演が、コロナ禍や主宰の江戸伝内の病気療養で二度に渡って延期された一糸座の『少女仮面』が遂にお披露目となった。当初予定されていた下北沢のザ・スズナリと赤坂レッドシアターでは、街や劇場の様子は随分異なるものの、上演前のロビーや客席には「このときを待っていた」という熱気が溢れる。
江戸糸あやつり人形劇団結城座の舞台は、1980年代から90年代はじめにかけてシェイクスピア作品をいくつか観劇したことがある。その結城座から独立した一糸座が現在に至る経緯は、劇団公式サイトのプロフィールに詳しい。結城座は唐十郎の『少女仮面』と浅からぬ縁があり、1974年佐藤信演出「人形芝居『少女仮面』 写し絵『阿部 定-関根弘の詩による-』」以来、数回にわたって再演している。結城座時代に同作品のボーイ主任役だった江戸伝内が、このたびの一糸座公演では、父の結城雪斎が演じた春日野八千代に挑むとのこと。公演チラシには『少女仮面』に対する伝内の感慨や心意気が縷々記されてしみじみと味わい深く、これから始まろうとする舞台への期待がますます高まっていく。
最前列で観劇していても、あやつり人形の糸が何本あるのかすら数えることができない。それほど複雑で繊細な作りである。人形遣いの俳優は人形を巧みに操りながら、同時に台詞を発する。黒子の衣装で顔が隠れているので表情は見えないが、あの細かく微妙な動きを続けながら、人形が扮する人物として台詞を言うとは、ほとんど神業に近い。
春日野八千代を江戸伝内、緑丘貝と腹話術人形を結城一糸が操り、演じる。男性が女性を演じるのである。ここに一糸座版の旨みがあり、劇世界を重層的に構築する要因のひとつがある。もうひとつは人形と俳優が同じ舞台に立つところだ。しかも今回はその面々が実に多彩だ。ボーイ主任役の丸山厚人はかつて唐組の俳優として多くの舞台に出演した。当日リーフレットを読むと、今回の公演では天野天街とともに数年に渡る演出プランの構想や、腹話術師役の永野宗典(ヨーロッパ企画)に演技のアドバイスをしたりなど深く関わっていることがわかる。劇中、春日野から「お前は、この店の演出家だもの」と言われるボーイ主任には、まさにうってつけだ(ただ腹話術師とのコーヒーをめぐる場はいささかしつこいのでは?)。70年代の状況劇場で活動した田村泰二郎が水飲み男を演じ、状況劇場初期から活躍し、現在も新宿梁山泊や流山児★事務所公演の唐十郎作品に次々と出演している大久保鷹が甘粕大尉役と、まことに濃厚である。
小さな人形が演じる春日野や貝と、生身の人間が演じるボーイ主任、水飲み男、甘粕大尉が作り上げる『少女仮面』の劇世界は、人形が加わることによって、人が何かに扮する、演じるときのその人と人物との距離感がいっそう複雑な変容を見せ、それなのに不自然ではない。この不思議な感覚は観客を舞台に釘付けにし、虜にする。『少女仮面』の場合は、腹話術師とその人形の関係性の逆転がある。腹話術の人形が人間として登場する(夕沈/少年王者舘)場面は不気味で混沌。あやつり人形+俳優の劇世界の奥行がさらに深いものになった。
唐十郎の戯曲は俳優を決して急かさず、イメージを押し付けない。たとえば春日野が幻想の中で甘粕大尉と再会する場面である。「こんな、おばあちゃんになっちゃって、大尉、あなたは一つも年取ってないわ」という春日野に、甘粕は泰然と「いえ、若づくりなだけです」と応える。この台詞は演じる俳優によって違う効果を上げる。大久保鷹が発した時には客席には笑いが起こり、大久保はそれを鷹揚に受け止めて、楽しんでいるようにすら見えた。唐戯曲は演じる者を懐深く受け止め、演技の試行錯誤を見守り、俳優と座組にふさわしい造形へと導くのである。
初日のカーテンコールは大変盛り上がり、とりわけ江戸伝内、大久保鷹、田村泰二郎が互いに喜びあう様子にはこちらまで胸が熱くなった。かなり平均年齢の高い座組であるが、無理や不自然な印象は全くないことに感嘆しつつ、同時に2019年に観劇した文学座研究所の発表会の生き生きした舞台を改めて思い出す。唐十郎戯曲は、自由なのだ。作り手も観客をも既成概念から解き放たれる。『少女仮面』の新しい歴史がまたひとつ加わった夜の嬉しい実感であった。
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