因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ネットで観劇☆さくらさろん vol.44 オンラインライブ『創造の翼を』

2021-03-17 | 舞台番外編
*ここ数年、毎回楽しみにしている山本さくらパントマイム公演(1,2)だが、昨年は残念ながら観ることかなわず、2月半ばに無観客上演された映像をネット視聴した。めりはりのあるすっきりとした構成で、映像配信ならではの工夫が凝らされており、創作への変わらぬ情熱のこもった40数分のステージである。

 今回演者は山本さくらひとりである。共演のパントマイミストとの掛け合いを見る楽しみはないが、さまざまな気づきを得ることができた。以下いくつか印象を記してみる。

☆「頭が重い」…オープニングはピエロ風のカラフルで可愛らしい衣裳の山本が、なぜか頭にサイコロのような被り物をつけており、それに四苦八苦している。終わると山本自らが挨拶し、タイトルは「頭が重い」とアナウンス。そのものずばりである。音楽は女声スキャットによるモーツァルトの「トルコ行進曲」だ。この曲は安田祥子、由紀さおり姉妹の超絶技巧のデュエットが思い浮かぶが、本作のそれはもっとゆったりした歌唱ということもあり、パントマイムに集中しながら音楽も楽しめる、良きバランスが生まれた。傍らに切り絵師「マジョリカ」さんが座り、演じる山本のすがたをリアルタイムで切り絵にするのも、今回の新しい趣向である。

☆「ラーメン屋」…自分は飲食店のカウンターに座ったとき、厨房の人の動きを見るのが好きである。来店客の誘導から注文取り、調理に片付け、送り出しも「ワンオペ」でこなす様子は美しく、飽きることがない。せわしなさは無く、むしろ一つひとつの動作はゆっくりと確実で無駄がないから、ミスもない。惚れ惚れするほどである。山本さくらも、この「ワンオペ」を見せる。黙々と仕込みをし、準備万端整えて暖簾を出す。次々に訪れる客に手早く、旨い(そう見える!)ラーメンを出す。目の前のラーメン作りに集中しながら、新しい客、食べ終わった客のことにも目配りする。どこかのお店で修業されたのでは?と思うくらい、動作が自然に身についており、お見事である。

☆「深き森のブルー」…最後の演目である。過去に「森の中」という題名で上演され、このたび、山本の「大切な友人モトイさん」の朗読が加わって新しい作品として生まれ変わったとのこと。ブルーという名の鳥を演じる山本は、時おり少し首を傾けたりするくらいでほとんど動かず、静止している時間が長い。しかしイエローという鳥と出会ってブルーが少しずつ変わってゆき、力強く羽ばたくまでの短い物語は、美しく端正な朗読と相まって、公演の締めくくりにふさわしいステージとなった。パントマイムは「動く」ものであると同時に、「動かない」ものでもあると気づかされる。観客は動かないブルーを見つめながら、この鳥が動きだすのを息をつめて待つ。その時間を味わうのである。

 これまで観た演目のなかで、自分はどちらかと言えば物語の要素のあるステージを好む傾向があった。たとえば2018年の公演では離れて暮らす母と娘の日々を描いた「ハーモニー」であり、2019年なら男女の瑞々しい出会いと唐突な別れを描いた「TOKYO.人」である。今回それに類する作品はなかった。だが例えば「走る女」に使用されるのはショパンの「幻想即興曲」である。可愛いムームー姿で、タイトルの通りに走り続ける山本さくらを観ていると、あの流麗な曲の聞こえ方が変わってゆく。いわゆる「物語」ではないが、自分のなかでいつの間にか出来上がってしまっているさまざまなイメージや固定概念が消え、違うドアが開いて、新しい場所へ導かれていく体験は新鮮であった。

 演目と演目のあいだに流れるオルゴール風の可愛らしい音楽が耳に馴染み、パソコンの画面で観るステージは、「わたしだけのだいじなたからもの」風の、手のひらサイズのぬくもりがある。公演タイトルの『創造の翼を』は、観客にとって「想像の翼」を広げることであった。
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