因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

語りと音楽による「夢十夜 全作品」改訂版

2020-11-28 | 日記
森の音舎主催 早稲田奉仕園 スコットホール 28日13時、16時
 夏目漱石作 岩間麻里作曲(森の音舎)
 俳優の新井純と高橋和久が、森反ナナ子(ピアノ/森の音舎)、安倍由美子(ヴァイオリン/同)、紫竹芳之(笛・尺八・鳴り物、第二夜の作曲)の奏でる音楽と共に、夏目漱石の「夢十夜」全10編を語る。主催の「森の音舎」は、音楽家、彫刻家、服飾家などによるグループで、今回の当日リーフレットによれば、「器楽アンサンブルを中心に朗読と音楽、美術・映像・演劇のコラボレーションにより新たな表現形態のコンサート」を企画しており、これまで小泉八雲の怪談や宮沢賢治の作品などを上演している。知人に誘われ、初めての鑑賞となった冬の昼下がり、礼拝堂の大きな窓からの日差しは柔らかで、訪れる者を静かに包み込む。

 漱石の「夢十夜」の朗読はこれまで何度か鑑賞したことある。2008年冬の「shelf ×modelT prd. #2」、2019年初夏の語りライヴ「楽語会」vol.4 で、前者が第一夜、後者が第三夜であった。改めて十作を読み直してみると、幻想的なもの、怪談めいたものだけでなく、軽妙な小編、歴史小説風の悲しい物語など、実にさまざまだ。一編を語るだけでも大変な労力が必要であり、同じ演者がこれだけ性質の異なる作品を一気に語るのは非常に貴重な企画である。

 新井純の舞台は、2月の文化座公演『炎の人』以来である。紫色の艶やかな和服で登場、美しく豊かな声で、観客を物語の世界に引き入れてゆく。死に瀕した美しい女に始まり、父親とその背に負ぶわれた子ども、不思議な老人、死のうと決心して海に飛び込んだ瞬間、命が惜しくなった男(明記されていないが男だと思う)、子とともに戦に行った夫を待つ女。いずれもその声、語り口から次々とイメージが喚起され、人物が動き出す。

 俳優の語りと、録音ではない音楽の生演奏という形式は、大変贅沢で楽しみの多いステージである。だが、俳優の言葉をしっかりと聞きたい時に、ピアノやヴァイオリンの音も同時に奏でられていたり、音楽を聴かせるために、語りに間を取ったことで、物語の流れとしていささか不自然であったり、語りと音楽の両方を十分に味わおうとして、もどかしい思いにかられる箇所があったことは残念であった。

 第七夜劇中の「埴生の宿」の、少しずつ歪んでゆくような不穏なメロディは、主人公の心の揺れ動く様相を表して印象深く、第八夜は一転、出演者がいろいろな「鳴り物」の音を楽し気に作り出し、会場はぐっと楽しくなる。それだけに、第九夜の母子の物語はいっそう悲しい。やはり「語りも音楽も両方、たっぷりと聴きたい」と思うのである。
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