因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

Gin´s Bar色彩シリーズact.3『BLACK-家族の肖像-』PAW´2011「東北・復興week」より

2011-09-21 | 舞台

*井伏銀太郎作 西澤由美子/井伏銀太郎演出 公式サイトはこちら 相鉄本多劇場 21日で終了 もともとは「横浜ふね劇場をつくる会」が。港湾局と赤レンガ倉庫側の岸壁を使用する公演を企画していたが港湾局からの上演許可がおりず、いくつもの公演が中止を余儀なくされた。
 そのなかで東北の演劇人を応援する『東北・復興week』だけはなんとしても開催しようと多くの方々の熱意と尽力によって震災地の3劇団を横浜に招聘がかない、実現の運びになったもの。

 第一弾は宮城県のGin´s Bar
  舞台は2001年9月のニューヨーク。仙台で地元経済紙の編集をしている初老の男性が、勤続30年のリフレッシュ休暇を利用してニューヨークを訪れた。フリーペーパーに掲載された「東洋人の中年男性絵画モデル募集」のバイトに応募し、ダウンタウンにある女性画家のアトリエにやってくる。仕事は7日から10日まで。男性は11日に日本に帰るという。英語ではじまるぎくしゃくしたやりとり。同世代と思われるふたりは次第に互いの境遇を語りはじめる。

 画家役に西澤由美子、モデル役の男性が井伏銀太郎。井伏が戯曲を書き、西澤と井伏ふたりが演出し、そのふたりが共演する。演出家が俳優を演出するという一般的な図式ではなく、互いが話しあい、試行錯誤しながら舞台を作ったということだろう。

 アトリエにかけられた2001Septemberのカレンダーをみただけで、2001年9月11日のニューヨークの同時多発テロが背景としてあることがわかる。本作は9月7日から10日まで、翌日の11日にどんなことが起こるかを誰も知らなかった数日間を丁寧に描いた物語である。

 男性が娘と絶縁状態であり、その娘がこの地で家族を持っていることを知った画家が娘に連絡をとり、家族とともに父親と再会の約束をとりつける。
 明日会おう。9月11日の10時ころ、ワールドトレードセンターの展望台で。
 その日がどんな日になるか誰も知らず、再会を心待ちに夕暮れの鐘の音に、画家は胸の前で手を組み、男性は合掌して祈りを捧げる。
 「明日」のその前を描く。黒木和雄監督の『TOMORROW 明日』を思い起こした。

  一見してニューヨークに縁もゆかりもなさそうな男性が、なぜ単身この地にやってきたか。多少観光もしているようだが、わざわざ絵のモデルに応募してくるとは・・・等々の初期的疑問に対して、話の運びはいささか強引であり、舞台はアトリエだけで女性画家とモデルの男性だけのやりとりがどうしても説明台詞的に聞こえるのは否めない。
 また女性画家と男性モデルの演技が噛み合っていないのか、舞台ぜんたいがいささか冗長に感じられた。細かいことだが、翌日の約束をするのにわざわざ「9月11日」と9月を強調して言い添えるのも不自然だ。
 年を重ねた男女がそれぞれに重い過去や背景、取り返すことのできない歳月を悲しみながら、それでも相手に歩み寄りたい、家族の絆をもう一度取り戻したいと祈り願う姿には胸を打たれるけれども、じゅうぶんに予測できる展開である。それをもっと新鮮に、舞台の男女と客席が心を合わせて喜べる舞台にする力が本作には宿っているのではないか。

 台風の影響で夕刻からほとんどの電車が運行をとりやめたために首都圏の交通は麻痺してしまい、客席はようよう半分が埋まっているかという状況であった。この時期に被災地からの遠征の熱意には頭が下がる。できれば劇場も満席の熱気で拝見したかった。
 この日の夜公演を終えたらすぐにセットをばらして「台風といっしょに仙台に帰ります」とのこと。井伏銀太郎さんのご挨拶は、舞台に登場する男性の語り口そのままで、穏やかで優しい人柄が感じられる。

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