因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

復帰50年企画・共同制作『カタブイ、1972』

2022-12-17 | 舞台
ACO沖縄名取事務所共同制作 内藤裕子作・演出 公式サイトはこちら 11月30日~12月4日 沖縄・ひめゆりピースホール 12月15日~18日 下北沢・小劇場B1
 沖縄でタクシー運転手をしながらさとうきび農家を営む波平誠治と家族の1971年12月から翌1972年5月15日までの物語(内藤裕子関連のblog記事→『かっぽれ!』シリーズ、他 1,2,3,4,5)である。観劇当日は名取事務所プロデューサーの名取敏行によるプレトークが行われ、本作企画の経緯や今後の予定などが淡々と語られた。本作が内藤裕子による家族劇3部作の第1弾であり、1995年、2025年と続く企画であることがしっかりと心に刻みつけられての開幕。期待が高まる。

 「カタブイ」とは「片降り」であり、片側だけ雨が降ることを指す。こちら側は大雨が降っているのに、向こう側は晴れている。夏の沖縄ではよくみられるとのこと(公演パンフレットより)。太平洋戦争で本土の捨て石にされ、戦後も(復帰後も)過酷な環境に置かれている沖縄と、その現実を知らない本土の関係を象徴するかのような題名である。舞台は1972年5月15日、ラジオの沖縄本土復帰の式典の生放送に聞き入る波平誠治の背中に始まる。
 
 改めて当日配布のパンフレットを開くと、「役名」の記載が「あらすじ」の「波平誠治」、出演者掲載ページの「杉浦君」だけであった。「悲劇喜劇」2023年1月号掲載の本作戯曲にて確認した役名で以下書き進める。当日パンフにはできる限り役名の記載をお願いしたいもの。

 舞台は誠治の家の居間だけで進行する。ラジオを聴く彼の無言の背中から一転、さとうきびの収穫から戻った誠治とユミ(古謝渚)の息の合った微笑ましいやりとりが始まる。ふたりはとても仲が良く、といって生ぐさい関係ではなさそうだ。ユミは親戚でもご近所でもないらしく、そういう間柄の女性が一緒に住んでいるとなると、どういう事情なのだろう?と考え込む間もなく、誠治の娘和子(あとで登場する)の夫信夫(当銘由亮)が、杉浦孝史という若者(山田定世)を連れて来訪、彼をさとうきび畑で働かせてほしいと言う。そこへ東京の大学へ通っている孫娘の恵(増田あかね)が突然帰省する。杉浦と恵は知り合いらしい。信夫の妻、すなわち誠治の娘であり、恵の母である和子(馬渡亜樹)は学校の教師をしており、ユミへ不信の目を向ける。

 妻を失くして一人暮らしの「おじい」の家に、娘の家族、そこへユミ、杉浦という他人が加わった1971年から翌年までの日々を描いた1時間40分の物語である。誠治はもちろん信夫も和子も戦争体験者であり、肉親を失っているが、本土復帰への思いは一色ではない。さらに東京で大学生活を送る恵の気持ちも複雑だ。ユミは16歳ではじめての子を産んだと打ち明け、苦労を重ねたその上での明るい笑顔と優しい振る舞いであることが一層悲しい。一方で父親が都議会議員をしており、政治家になることを期待されている杉浦の屈託も相当なものだ。

 家族の物語であるのに、一人ひとりの背景や心象は斯くも複雑で相容れず、そこに沖縄の本土復帰という歴史的な出来事が絡むのであるから、非常に情報量の多い芝居である。にもかかわらず、人々の会話は実に自然でテンポよく、観客はあっという間に物語に引き込まれてゆく。技巧を感じさせず、説明台詞にならないのは内藤の作劇の大きな魅力のひとつである。

 田代隆秀は同じく名取事務所公演で、内藤の作・演出『灯に佇む』での心優しい医師役の好演が記憶に新しいが、今回の「おじい」では素朴な味わいのなかに深い悲しみを滲ませて、新境地を開いた。当日パンフ掲載のプロフィールによれば、ユミ役の古謝渚は琉球舞踊家にして師範、女性だけの沖縄芝居「劇団うない」に所属する俳優だ。信夫役の当銘由亮も沖縄芝居、歌三線、琉球舞踊、ウチナーグチの普及継承活動などから、沖縄県指定無形文化財、琉球歌劇「保持者」と、大変な実力と実績を兼ね備えた俳優も加わっての座組である。演劇集団円の俳優で内藤作品常連の馬渡亜樹は、シャツの第一ボタンまできっちりと留めている辺り、生真面目な性格を示している。無造作に束ねた髪や化粧気のない顔から、教師をしながら政治活動を続けている苦悩が時に痛々しく示される。気になったのは、和子が父親からユミを遠ざけようとする理由がややありきたりで、不明瞭なところだ。近所の噂や、政治活動をしていることも含めて、教師である自分の立場への影響、ユミの事情に巻き込まれることなどを案じているらしいが、この人はきっぱりした気性のなかにも深い思いやりを秘めており、もっと複雑な心象があるのではないだろうか。

 恵と杉浦の関係はいったん終わったようであるが、母への尊敬と反発を抱く恵と、父を避けながら政治家への道を行きそうな杉浦が、年月を経て再会することも想像される。あるいは人々を緩くつなぐよすがとして、山之口獏の詩集が登場するが、それが次回作に何らかのかたちで引き継がれる可能性も?

 プレトークの予告では、第二弾は米兵による少女暴行事件が大問題となった1995年が舞台になるとのこと。今回の1972年から20年以上あとであり、同じ登場人物の設定による続編は少々難しそうだ。しかし何らかの形で活かされればと願う。

 観劇のあいだ中、ひっきりなしにいろいろなことを感じ、頭には刺激を受け、心に響くものが多くあったのに、文章にすることが難しい。もどかしくてならないが、この感覚もまた、本作に対する感興のひとつとしたい。

 折しも先日発表された紀伊國屋演劇賞において、名取事務所(別役実メモリアル三部作、現代韓国演劇『そんなに驚くな』上演)が団体賞を、内藤裕子(10月の演劇集団円『ソハ、福ノ倚ルトコロ』作・演出)が個人賞を受賞したことが発表されたばかり。最前列の観客にはフェイスシールドが配布されるなど、これまで以上に厳重な感染対策が取られるなか、作り手の喜びと観客からの祝福に満たされ、よき観劇の一日となった。
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