因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

日本のラジオ『ショウジョジゴク』

2019-01-22 | 舞台

屋代秀樹作・演出 夢野久作『少女地獄』原作(青空文庫で読めます 公式サイトはこちら 新宿眼科画廊 22日終了1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12
 既成の小説などをベースに、独自の切り口で舞台を作り上げる劇作家は少なくない。観劇する側にとっても、観劇前に予備知識として「あの小説」という認識が安心感にもなる。しかし屋代秀樹の場合、油断は禁物だ。

 ただでさえ狭い演技スペースを客席が両側から挟む形をとり、数脚の椅子を俳優が並べ替えては、産婦人科の診察室、バスの車内など複数の空間になる。原作は、最初は別々の3つの物語だったのが、次第に繋がり絡み合っていく様相が描かれている。屋代は原作を丹念に読み込み、咀嚼してじゅうぶんに自分の中に落とし込んだ上で、原作に縛られることなく自由に、しかしオリジナルの魅力を損なうことなく新しい作品として構築した。

 また当日パンフレットの充実ぶり、というのか、舞台上演に加えてさらにここまでエネルギーを注力するのは大変なことではなかろうか、いや飄々と、もしかすると半分はふざけながら、それでも相当真剣に書き記したようにも思える…と矛盾に満ちた印象を抱かせるところが、これまでの日本のラジオの舞台に増して、『ショウジョジゴク』の魅力である。

 劇団構成員、客演含め、出演俳優全員が屋代の作劇の意図を理解して受け止め、的確な演技として表現していることに対して、空恐ろしいような心持になるのである。本心をあからさまに見せない人物が何人もおり、観客は誰に焦点を合わせてよいのか戸惑う。バスの運転手(末安陸)が纏う薄気味悪さ。女たちに対しても乱暴な話し方をし、優しくもない。しかし彼は確実に女性を虜にすると思わせる魅力がある。彼によって次々に消されていく女車掌たちをひとりで演じ継ぐ館山サリが見せる瑞々しいがゆえに痛々しい表情や、登場するたびに違う車掌という設定のために違う名を名乗るその声に滲む悲しみなど、淡々と進行しながら胸が締めつけられるように抒情的な一瞬も併せ持つ。

 原作に凭れず、といって過度に自分を主張することもしない。それは屋代秀樹の作劇の特徴でもあり、そこに登場する人々の佇まいでもある。ある人が別の人の印象を語る。こと細かに見ているようで、それはあくまで憶測や伝聞に過ぎず、その人のほんとうの心はわからないのである。夢野久作の原作から、カタカナの『ショウジョジゴク』に変容し、観客を翻弄し、夜の新宿の街を彷徨わせてしまう。今度はどんな劇作家の何の作品を取り上げるのか。まったく想像できないところもまた、日本のラジオの持ち味なのである。

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