因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

Triglav 1st work 「The Collection」

2018-06-06 | 舞台

*ハロルド・ピンター作 中西良介翻訳 新井ひかる演出 公演サイトはこちら 南阿佐ヶ谷・ひつじ座 10日(日)まで

 学生時代に出会い、共に舞台を作った仲間が、それぞれの場所で経験を積んだのち、2017年10月、新たなユニットを結成した。演出の新井ひかる、俳優の中西良介、制作の菅野友美の3人が、「互いにコラボレーターとして存在し」とサイトの文言にあるように、それぞれの仕事をしっかり行い、尊重しあって、より刺激的な創造を行う場としてのユニットだ。その記念すべき旗揚げ公演の初日を観劇した。

 本作は1961年、テレビドラマとして放送され、翌1962年、別の俳優で舞台上演され、さらに1976年、何とローレンス・オリヴィエなどの出演で再びテレビドラマになったとのこと(喜志哲雄著「劇作家ハロルド・ピンター」より)。40代のハリー(西村俊彦)と20代のビル(橋本光輝)が暮らす家(ロンドン有数の高級住宅街との設定)、30代の夫婦ジェイムズ(中西良介)とステラ(外村道子)の住むアパート、そして物語のもうひとつの重要な場所の3つの空間によって構成される。ありていに言えば、ふたつのカップルのあいだの情事のゆくえ、下世話な言い方をすれば痴話ばなしの顛末である。複数の空間で起こるさまざまが並行して描かれ、登場人物のことばにはたいてい別の意味や裏の気持ちが潜んでおり、結局誰の言い分が正しく、誰が嘘をついているのかがわからない…という「ピンターあるある」的作品であるとも。

 演技スペースに案外奥行きが感じられるが、やはりひつじ座は小さな劇場である戯曲の指定通り、ふたつの住居を手前と奥に設置し、小道具も含め丁寧に作り込んである。舞台上手と下手に出口があり、ふたつの住居それぞれ、別の部屋に通じていることがわかる作りだ。本作の第3の空間を設置するのはさすがに難しかったのだろう。演出で補う工夫がされている。

 玄関のドアがひとつしかない。ふたつのカップルどちらも同じドアを使って出入りするのは、スペースの都合というより、有効な演出であると思われた。すなわち、互いの関係性を巡って、人々が一種の無間地獄に陥る様相を示しているのではないか。

 中年男が若者に恋すると言えば、この春大いに話題を呼んだテレビドラマ『おっさんずラブ』を想起するが、ハリーとビルの関係ははるかにシビアで痛々しく、あいだに絡むジェイムズとステラ夫婦のありようも単純なことばでは言い表せない。

 ビルとステラのあいだに、ことが起こったのかどうかが本作のポイントである。4人それぞれの言い分のひとつがほんとうだとすれば、もうひとつは嘘ということになり、明らかに嘘をついている、ぜったいにこれが真実だと言うとき、人はどんな表情で、どんなことばを使うのかという思い込みが、劇を見ているうちに、次第に消え失せてしまうのである。ビルとステラだけが知っていることなのだから、それを愛人や夫がどれほど詮索し、責め立てたとしても真実がわかるわけでもなく、しかしそれでも知りたい、言わせたいと執拗に願うのが人の心というものなのだろう。

 ピンターの作品は、台詞の裏、奥底に潜むものを考えながら見るのがとてもおもしろく、本作もその旨みをたっぷりと持っている。しかし次第にその作業が虚しくなるのである。ラストシーンの照明効果が素晴らしい。4人の男女はこれからもずっと互いを疑い、自分の嫉妬心や猜疑心に苦しむだろう。みんなが傷ついた。その悲しみが小さな空間を満たすラストシーンは、いくつもの作品が映像化されているけれども、やはりピンターは演劇であるからこその魅力があると確信させるものであった。演出はじめスタッフ、俳優すべての戯曲に対する誠実な取り組みの姿勢、根気強く入念に稽古を重ねたことが察せられる。

 Triglavは3人のユニットだ。しかしそこには毎回4人目のメンバー、すなわち劇作家の存在がある。次なる4人目は誰になるのか。2nd workは12月上旬予定とのこと、楽しみに待ちたい。 

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