因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ブルドッキングヘッドロックvol.20 『嫌な世界』 

2010-12-25 | インポート

*喜安浩平(ナイロン100℃)作・演出 公式サイトはこちら サンモールスタジオ 31日まで
 このなかなか覚えられない劇団名の公演は今回が初めてである。結成10周年記念公演の第3弾は客演ナシ、劇団員15名が出演し、上演は休憩なしの2時間30分であるという。
 物語の設定やおよその雰囲気は、公演チラシ左上の喜安浩平の挨拶文に記されている通り。どこかの町、おそらく町工場や家族経営の抽象企業が密集する場所で、親の代から続く店や工場を切り盛りしながら、家族や従業員、近所の人たちが出たり入ったりしながら進む物語である。

 冒頭は万年床の敷かれた平太郎の部屋からはじまるが、サンモールスタジオでこんなに大掛かりなセット転換をみたのは初めてではなかろうか。一種の「回り舞台」である。15人もの人物がひとりの捨て役もなく、性格も背景も持ち場もきちんと書かれており、2時間30分の長尺をまったく感じさせないところまではいかないが、1時間30分、長くても2時間の芝居に慣れた身であっても何とか持たせてしまっている。それほど目新しいものではなく、ふた昔前のテレビドラマの人情喜劇的な雰囲気である。しかし既視感がないのは、人物それぞれの造形が巧みで細かく、ちょっとした台詞や動作や表情に惹きつけられるからだろう。

 時代ははっきりしないが、少なくとも近未来であろう。しかし目の前の人々の様相を見ていると、「火星移住計画話」は取ってつけたように不自然で、それほどこの町は世の中の趨勢から取り残されかけていることを示したのかとも思ったが、半端なSF風の設定よりも主人公の少年がみる夢と現実が混乱していくことに軸足を決めたほうがよかったのではないか。俳優の演技が達者であるのは素晴らしいことだ。しかしそのことによって劇作家の筆が走り過ぎ、物語の根幹、何をもってタイトルを「嫌な世界」としたのかがぼやけてしまったように感じる。当日リーフレットに記された喜安浩平の挨拶文には「この世界、嫌でしかたがありませんが、嫌いにはなれなくて困っています」とある。この葛藤や矛盾、嫌だが嫌いになれないことを、もっとしつこく、それこそ嫌になるくらいに描くことができるのではないだろうか。

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