因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

On7リバイバル公演『その頬、熱線に焼かれ』

2018-08-10 | 舞台

*古川健作 日高雄介演出(いずれも劇団チョコレートケーキ1,2,3,4,5,6,7,8,9,10公式サイトはこちら 亀戸文化センター・カメリアホールでプレヴュー公演ののち、北海道の函館、札幌、旭川を経て東京芸術劇場シアターウェストは12日まで 15,16日は広島・JMSアステールプラザ多目的スタジオ

 ユニット名は「オンナナ」と読む。いわゆる新劇系の劇団に所属する同世代の女優たち7人が2013年に結成した。自分は今回がようやく初見である。演目は3年前の初演が好評を博して再演の運びとなったもので、見逃したことを残念に思っていたこともあり、嬉しい初対面となった。メンバーのひとり宮山知衣が体調不良で降板し、文学座の下池沙知がゲスト出演となった。

 1956年、アメリカはニューヨーク、マウント・サイナイ病院に、1945年8月6日に広島に投下された原子爆弾によって顔や手足に惨いケロイドを負った25人の若い女性たちが手術のために訪れている。彼女たちは「ヒロシマガールズ」と呼ばれ、そのなかのひとり中村智子が、何らかの原因で手術後に亡くなった。女性たちは嘆き悲しみ、激しく動揺し、からだだけでなく、心に追った深い傷について語りはじめる。

 「ヒロシマガールズ」の前は「原爆乙女」と呼ばれており、その名が嫌だったこと、同じようにケロイドを負っているのに、原爆症を発症しているためにアメリカでの手術メンバーから外された友人のこと、地元の広島のほうが生きづらい現実のことなど、女性たちの苦悩は決してひといろではない様相が炙りだされ、曝けだされる。友の急死に動揺し、怯える敏子(尾身美詞/青年座)が、「それでもうちは生きていたい」と笑顔を見せるまでが物語の軸であり、そこに7人のそれぞれの思いが絡む会話、議論の劇である。時折現れる亡くなった智子が、相手の背中を優しくさするような柔らかさでときに対立し、孤立する女性たちを慰め、つなぐ。

 歴史的な事実を参考にしたフィクションであり、7人の女性たちにモデルがあるわけではないとのこと。しかしOn7メンバーは多くの人に会い、話を聞き、広島への取材旅行も行い、本作へのただならぬ情熱を感じさせる。そのひとつにOn7は2015年7月、ヒロシマガールズのひとりである笹森恵子(しげこ)さんと対面し、作者の古川健とともに多くの話を伺ったとのこと。この方のお名前とお顔に見覚えがあり、記憶をたどると、1990年放送のNHKスペシャルのドキュメンタリードラマ「マミーの顔が僕は好きだ~母と子のヒロシマ」であった。

 精いっぱい誠実に心を尽くして臨む作り手の真心が伝わってくるのだが、自分にはことばにしがたい違和感が拭えず、残念な観劇となった。原因のひとつとして考えられるのは、女性たちが亡くなった智子のことを言う際、「彼女」ということばを使う点である。物語の舞台は昭和30年代であり、アメリカに渡ってドクターや多くのアメリカ人に接しているのだから、こちらが思うより自然な使い方なのかもしれないが、7人の女優たちの広島ことばは相当に稽古を積んでおられることが察せられるだけに、そこから浮いて聞こえる印象は否めない。

 渾身の一作であり、多くの人の心を揺さぶるであろう舞台に、なぜ自分は集中できなかったのか。この夏、予想外の課題となった。

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