因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団民藝公演『集金旅行』

2021-11-27 | 舞台
*井伏鱒二原作 吉永仁郎脚本 高橋清祐・中島裕一郎演出 公式サイトはこちら 俳優座劇場 12月5日まで
 2013年の初演から、七番さんことコマツランコ(樫山文枝)と十番さんことヤブセマスジ(西川明)よろしく全国を巡演しておよそ200ステージを重ねた人気作品が8年ぶりに東京に帰ってきた。公演パンフレットには、見開き2ページいっぱいに2013年から2020年まで本作の上演記録が掲載されている。毎年ツアーが始まると、あいだに休演日がほとんどなく、怒涛のようなスケジュールである。各地で好評を博して8年、俳優座劇場でのお披露目となった。劇団機関誌「民藝の仲間」に「待望のアンコール公演」と記されている通り、開演前の客席には「お帰りなさい」の温かな空気が満ちている。

 物語はまさに集金の旅であるが、その金には2種類ある。荻窪のアパートの家賃を滞納したまま居なくなったかつての間借り人たちからの取り立ては、払わなければならない金を払わせる、いわば正当な業務である。が、本作にはもうひとつ、ランコが過去に関わった不実な男どもからの「慰謝料」というものがある。家賃は金額が明確であり、感情の入る余地はない。しかし慰謝料の金額には基準もなく、暴力による怪我や病気があるならば、治療費や生活費などから試算もできるが、いわゆる「精神的苦痛」を金額にすることは難しく、請求したとしても、相手が納得しなければ支払いは成立しない。人間の心を金に換算する駆け引きが生じるのである。

 本作は金に象徴される客観的で冷徹な経済観念と、男女の色ごとという生ぐさい人間の存在そのものが、相対するようで、むしろ切っても切れない濃厚な関係性を持つことを炙り出してゆく。たとえば前半は取り立てに燃えて成果を上げていたランコは、福岡の地主(内藤安彦から佐々木梅治に変更)を訪れた際、相手のあまりの落ちぶれように、逆に金を置いていってしまう。地主の弟(登場しない)は家賃を滞納したあげくアパートの管理人の妻と駆け落ちしたというめぐり合わせである。貧しいながら元妻(河野しずか)は明るく清々しく、機嫌よく生きている。しかし金はない。そこへ地主が現れて…このくだりには、金が人間を生かしたり殺したりするのでないらしいということが鮮やかに描かれている。そして必死に集金を続けているランコとヤブセは、旅を続けるにつれて、金に依らない温かな心の交わりへと導かれてゆくのである。

 座組みな生き生きとして抜群の安定感があり、劇団の財産演目として大切に上演されていることが伝わる。劇中、ナレーションの場がいくつかあったが、これを俳優が舞台で語ってみるとどうなるのかと考えたり、本作には民藝のような新劇の老舗劇団のみならず、たとえば柄本明がヤブセを演じる東京乾電池版もありうると想像したり、年の瀬の嬉しい観劇となった。
福岡の地主が抱えていたのが「万年青の実」の鉢植え。台詞にも出てくる。
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