因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

Triglav 2nd work 『THE PILLOWMAN』

2018-12-15 | 舞台

*マーティン・マクドナー作 中西良介翻訳 新井ひかる演出 公式サイトはこちら 大森山王FOREST 16日終了
 旗揚げ公演のハロルド・ピンター作『The Collection』から半年、今回も一筋縄ではゆかない作品に挑戦した。本作は2013年、名取事務所公演の観劇歴あり、ブログを読み返す限り、強い手ごたえを得ているようであるが、それが今現在まで残り、今回の観劇に影響を及ぼすほどではないことに、いささか愕然としている。つまり忘れているということなのだ。

 備忘として、自分のマクドナー作品観劇歴のブログ記事はこちら→(2006年夏パルコ劇場『ウィ・トーマス』,2006年秋 演劇集団円『ロンサム・ウェスト』,2009年同じく円『コネマラの骸骨』、前述の2013年名取事務所『ピローマン』、2014年シス・カンパニー『ロンサム・ウェスト』)。

 名取事務所公演では休憩を挟んで3時間を超える長丁場であった。今回は休憩なしの2時間である。テキストレジを行ったと思われるが確認していない。

 たとえば上演中に退出者が続出することもあったほどグロテスクでスプラッター的描写が激しい『ウィ・トーマス』に比べると、本作には具体と抽象、リアルとファンタジー、残虐と詩情が行き来し、どこに視点を持っていけばよいのかわかりかねるところが特徴だ。

 物語作家カトゥリアンと知的障害を持つ兄ミカルの容疑は、幼児連続殺人である。カトゥリアンは子どもが残酷な目に遭う内容の作品を書く。それは虐待されたりなど、不幸な子どもたちが、もうこれ以上不幸にならないよう自殺させてやるというもの。殺された子どもたちの様子が、物語の描写に酷似しているというのである。

 今回はじめて足を運んだ大森山王FORESTは天井が高く、客席の勾配もあって舞台が見やすい作りになっている。間口の狭い演技スペースの下手ほぼ3分の2が取調室、残り3分の1に兄が収容されている部屋を据えた濃密な舞台空間だ(上田淳子舞台美術)。舞台に白い布を張り、光を当てて影絵になると、少女の両親はいっそう不気味で威圧的であるのにどこか滑稽で、血糊や絵の具など汚しの部分も、大胆ながらやりすぎに陥ってはいない。登場人物の汗や血の匂いまでしそうなほど熱量の高い場面がありながら、彼らには浮遊感があり、ゆらぎながら物語は救いのない方向へ突き進んでゆく。カトゥリアンは(おそらく)無実の罪で捕らえられ、痛めつけられた揚句無残な最期を遂げる。7秒と少々で銃殺されてしまう終幕は、安易な憐憫を振り払うほど冷徹だ。しかしそれすらカトゥリアンの書いた物語のなかの出来事であるかのように、処刑されたはずの彼は頭に被せられた袋を取り、血を流しながら最後の台詞を言うのである。

 数年ぶりのマクドナー観劇のためか、舞台に心身がついていけなかった面もあるが、あの胸が悪くなるような、それでいて心地よい感覚が久々に蘇りそうである。厄介な作品に果敢に取り組んだTriglavの姿勢を讃えたい。しかし次はいったい何を上演するのだろう。まったく予想がつかないばかりか、うっかり「〇〇を見たい」と言うのも憚られ、心身を鍛えてその日を待つとしよう。

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