因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

第1回 T Crossroad短編戯曲祭 「2020年の世界」D プロ

2021-02-20 | 舞台
*公式サイトは こちら 吉祥寺シアター 23日まで 
 劇作家カンパニーのティーファクトリーが、本公演とは別に劇作家交流の場、観客が戯曲を身近に親しむ場として始めた企画で、川村毅の新作を含め、何と劇作家23人による新作戯曲26本を連続上演する。AプロからFプロそれぞれ3本から4本の上演に加え、リーディングプログラムも2本という盛りだくさんもさることながら、世界が病理蔓延に苦しんでいる今、「この時代に生きる劇作家の言葉、台詞を是非とも残すべきと考え、戯曲のテーマを〈2020年の世界〉とした」(川村毅)ところが本公演の核である。昨年夏に上演された『路上5 -東京自粛』(川村毅作・演出)の印象も改めて思い起こす。

 その時代に舞台で語られる言葉を書くことが劇作家の使命であり、たとえそれが苦しいものであっても、「劇作家の言葉で生きぬく力を確かめたい」(パンフレット掲載の川村の挨拶文より)という決意に身が引き締まる思いだ。2週間で8つのプログラム。メインの8人の俳優は複数の作品に次々と出演し、10人を超えるゲスト俳優も加わるという企画、まずは赤澤ムックが演出を担うDプロを観劇した。


『とりま、今は、月がきれい、な気がする』(むつみあきthe pillow talk作)…母と息子のふたり家族。息子は実家を出て東京で働いている。コロナ禍にあって、帰省を躊躇する距離にあるようだ。目下熱烈恋愛中の母は相手から結婚を急かされているが、「息子が結婚相手を見つけるまでは」と先延ばしにしている。当の息子の恋愛事情はいかに?母とその恋人、息子とその友だちやレンタル彼女それぞれの空間をひとつの舞台のなかで見せながら、両者の距離が感じられる作り。コロナ禍という特殊事情を反映してはいるが、それに特化されないところもあり、この先の展開が気になるが「起承転結」の「承」あたりで終わった印象。

『闘う女』(川村毅作)・・・「ラディカルな女たちを描く、大いなる小品」(パンフレット)にある通り。ネタバレ厳禁の驚きの超短編だ。JOC森会長の発言をめぐる混乱が続いている今、同じことを男性が女性に対して行ったらどうなるかと想像した。笑ってはいられないだろう。

『はるはじめ』(ササキタツオ作)・・・卒業式に好きな女子に告白した男子。世界が激しく変化しはじめた去年の春からもう1年経つ。来年の、再来年の春はどうなっているのだろうか。漠然とした不安や倦怠、諦念などの精神的疲労の蓄積が自覚される1年後の今、満開の桜の下を歩くふたりのすがたが眩しい。

『汝の薪をはこべ』(いしざわみな作)・・・90歳を迎えようとしていた幸子は、ふたりの妹たちとの穏やかな暮しをウィルスに奪われた。看取ることもできないまま、亡骸にも会えず打ち沈む幸子のもとに妹たちが訪れる。若い俳優が銀髪のウィッグをつけて老女を演じるが、リアルな作り込みではないのだが不自然ではなく、といって演劇的感興を狙ったものとも思われなかった。誰にでも老いが訪れることや、「2020年の世界」というコンセプトながら、そこだけに留まらない普遍性を思わせる。
 罹患した家族が面会できないまま亡くなり、遺骨となって帰宅したという報道はわたしたちに衝撃を与えたが、その現実の生々しさを消すことなく、しかし最後は妹たちを長姉である自分の手で葬る幸子のすがたは清々しい。

 「上演時間が何分までなら短編」という決まりや、「この公演では何分以内」などのルールはなく、観るものの心にどのように刻まれるか、どう広がっていくかは時間の長短とは関係ないと思わされた。続きが知りたいもの、知りたいが「ここまで」と敢えて留めたいものなど、深さや広さの異なる作品との出会いを味わうことができた。
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