因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

みつわ会第20回記念公演 久保田万太郎作『あきくさばなし』『釣堀にて』

2018-03-17 | 舞台

*久保田万太郎作 大場正昭演出 公式サイトはこちら 六行会ホール 20日で終了。1,2,3,4,5,6) 

『あきくさばなし』昭和20年7月中旬、東京神田区内の「魚庄」は主人が病弱、戦時中のことでもあり商売を休んでいる。昭和21年「人間」に連載された作品で、上演時間は1時間50分弱と、久保田万太郎作品にしてはやや長い。登場人物の人数は少ないが、浄瑠璃の師匠とその別れた妻おしま、妻の妹おせきにもかつてわけありの男がいたりなど、複雑である。

 8月15日まであとひと月足らずの東京と言えば、連日の空襲で人々はさぞや疲弊し、切羽詰まった暮しぶりかと想像したが、魚庄の店が無事なせいか、食事の場面など、敗戦直前の話とは思えなくなるほどである。とは言っても、おしまが「今日は警報も出ていないから浅草へ行ってみます」と晴れやかに出かけてき、彼女が立ち去ったあとに、空襲で行方不明になった父親を諦めきれず探しにいったらしいという台詞が続くと、やはりまぎれもなく戦争中の話であるとわかるのである。おしまが浅草で別れた亭主と再会するのが、本作の肝のひとつなのだが、その場面は舞台には現れず、台詞で語られる。同様に「昨夜の空襲で死ぬと思った」と振り返るおせきの話は、女房がいた男との関わりについての痛ましい告白である。それも防空壕に逃げ込んだり爆音におびえたりする場面はまったくなく、台詞で語られる。

 もっとも劇的と思われるところがいずれも舞台に出てこないこと。それが本作の特徴であり、魅力なのだろう。よほど気を付けてやりとりを聞いていないと、人々の過去や話の背景がなかなかつかめない。戯曲をざっと読みして観劇したもののなかなか集中できず、終演後に読み直して、「そうだったのか」と納得するところ多々あり。 

 おしまを演じる片岡京子を見るのは、90年代終わりの平幹二朗主演の『リア王』以来である。その後ある舞台で某主演女優の降板で急遽代役を演じることになり、短期間の稽古で乗り切った体験を持つ。そののち、また別の舞台の制作発表の写真を見たとき、それまでと明らかに顔立ちが変わっているのを見て、この人に役者魂が宿ったと確信した。永谷園の御曹司と結婚し、二児の母(たしか?)となった今、出演舞台は決して多くないが、立ち姿や台詞まわし、和装の芝居が無理なくできる実力派として、今後の活躍を祈りたい俳優さんのひとりである。片岡京子のおさわで『三の酉』を見る日が訪れないだろうか。

『釣堀にて』記憶をたどると、本作の観劇はこれが4回か5回めになる。同じ作品をちがう座組で味わえるのはありがたいことだ。今回はひとつ大きな目的があった。昨年4月に劇団朋友のリーディング公演を観劇したときのことだ。信夫が涙をふくというト書きに驚いたのだ。それまでの舞台で彼がそういう仕草をしていた記憶が全くないばかりか、たしかに彼は自分の複雑な生い立ちや母親とのあれこれを嘆いてはいるものの、「泣く」という表現にたどりつくまでの感情の揺れや乱れを感じ取っていなかったからである。

 結論から言うと、実は今回もよくわからなかった。老人(中野誠也)が家からの電話に呼び出されて中座してしばらく、信夫(室屋翔平)の頬には確かに涙が筋を引いていた。いつごろから流れていたのか、いかにもこれから泣きに入るような演技はなく、いつのまにか気が付けばというのが正直な感覚である。そして彼は顔についた何かを拭うような手つきでそっと涙を拭いた。遠くの席であれば泣いていることもわからなかったかもしれない。

 信夫がなぜ泣いたのかを理詰めで解き明かすのはあんがいむずかしいのではないか。母親が芸者をしていること、父親が都合3人あることなど、どこにでもある話ではない。釣堀仲間の老人にしても、どんな人物なのか過去や背景はほとんど語られない。しかし年の離れた者同士で顔見知りになり、こうした打ち明け話をするのだから、どこか信頼できる人物なのだろう。

 今回改めて認識したのは、本作は老人が信夫の生みの父親であったと謎解きの答を提示する芝居ではないということである。

 最後の場面で、信夫は吹っ切れた表情をしており、もう父親に会いたいと思わなくなったと言う。それを聞いた時の老人にかなりはっきりと落胆と悲しみが見て取れたのである。これはなぜだろう。やがて何もなかったかのようにいつもの表情で、「あと半月もすれば正月だ」とつぶやいて幕を閉じる『釣堀にて』は、見れば見るほど謎が湧いてくる。またしても新しい宿題を受け取ったのである。

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