因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ネットで視聴☆劇団チョコレートケーキ第32回公演『無畏』

2020-08-05 | 舞台番外編
*古川健作 日澤雄介演出 公式サイトはこちら 下北沢・駅前劇場 7月31日~8月10日
 劇場で観劇する予定が、あっという間にチケット完売となり、配信映像を視聴することに。視聴前は「残念ながら」の心持であったが、スタンダード版とアクターカメラ版(出演俳優の頭部に設置した小型カメラで撮影された舞台映像)両方を観ることで得たものは小さくない。

 南京事件は1937年12月、日中戦争で日本軍が中国の南京を占領する際に引き起こした略奪・暴行事件だが、被害者の実数は数万人とも40万人以上とも言われ、いまだ謎の部分が多い。今回の舞台の主人公は、その南京事件の首謀者として、極東国際軍事裁判において処刑された陸軍大将・松井岩根である。未曽有の残虐事件を指揮したとは、さぞ非道な軍人と思いきや、松井は漢学者の息子であり、自他共に認める中国通であった。当時の日本の、しかも陸軍にあって、中国人を同胞と尊重し、日中友好を願っていた松井の存在は特異であろう。ならばなぜ?

 物語は、穏健な松井(林竜三)と急進派の柳川中将(原口健太郎)、中島中将(今里真)、急進派に近い武藤大佐(近藤フク)、両者の板挟みになる飯沼少将(青木柳葉魚)とのやりとりなど、日中戦争さなかの場面と、敗戦後巣鴨プリズンに収監が決まった松井と彼の秘書の田村(渡邊りょう)、教誨師である僧侶の中山(岡本篤)、弁護士の上室(西尾友樹)との場面が交錯しながら進行する。

 林竜三演じる松井は知的な風貌と終始穏やかな振る舞いの人物であり、責任は自分にあると断言する。しかし「あなたの正直な心情は?!」という上室弁護士の容赦ない問いかけに、みずからの「卑しい野心と見栄」を吐露し、頽れてゆく。日本の戦争責任と歴史認識はいまだ曖昧なままであり、現在の為政者は官僚の不祥事に対して、「責任は自分にある」と言いながら、「責任を取る」ことをしないことを思う。

 配信映像には主に舞台を正面から映したスタンダード版と、上室弁護士役の西尾友樹が装備した小型カメラによる「アクターカメラ版」の2種類がある。後者において、上室が登場する場面では、映像はすべて彼の視点から見る松井である。彼の声は、視聴者の耳元近くに聞こえるほど生々しく、松井の表情は、客席正面からは見えない角度、距離で、これまた生々しい。前述のように親中派でありながら残虐事件を指揮したと言われる松井の真意を問う上室の気持ちはそのまま観客が抱く思いであり、上室と視点を同じくして松井に迫り、彼の真実の声を聞きたいという欲求が掻き立てられる。最初にスタンダード版を視聴したあとであるから、話の流れはわかっているはずなのに、「もしかすると、最初に聞けなかったことが感じ取れるかもしれない」と身を乗り出す。舞台映像が立体的に変容することによって、作品を違う角度から味わう体験となった。

 ネットによる映像配信の視聴には長短あり、劇場で観劇する以上に心身のコンディションを整えることがむずかしいこともある。食事を早めに済ませたのに、配信開始からほどなく猛烈な眠気に襲われた。ここまでの集中の欠如は劇場の客席では起こりにくく、やはり自宅で視聴する気のゆるみであろうか。翌日18時までの「見逃し配信」に頼らなければ本記事も書けないほどであり、しかし映像を何度か見直したことで得た印象もあり、今後しばらくは続くであろう配信映像への向き合い方、やがて訪れる劇場での観劇の際、どのような心構えが必要かを考えている。

 

 
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