因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

加藤健一事務所vol.105 『Taking Sides~それぞれの旋律~ 』

2019-05-15 | 舞台

ロナルド・ハーウッド作 小田島恒志、小田島則子翻訳 鵜山仁演出 公式サイトはこちら 29日まで本多劇場 その後京都府立府民ホール・アルティ、兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール 

 第二次世界大戦後のドイツ・ベルリン。連合軍によって、徹底した非ナチ化政策が遂行されている。世界的な名指揮者であるフルトヴェングラー(小林勝也/文学座)は、戦争中も亡命することなくドイツ国内で活動していたことから、ヒトラーの庇護のもと、ナチスへ協力したとの嫌疑がかけられている。連合軍取調官アーノルド少佐(加藤健一)は、ベルリンフィルハーモニーの第二ヴァイオリン奏者ローデ(今井朋彦/文学座)や、ピアニストの夫をフルトヴェングラーに救われるも、未亡人となったタマラ(小暮智美)の証言を逆手にとり、フルトヴェングラーへの追及を強めてゆく。アーノルドの部下デヴィッド中尉(西山聖了)、秘書のエンミは、ともに家族をナチスに殺されたが、芸術家としてのフルトヴェングラーを敬愛してやまず、アーノルドのやり方に反感を覚え、フルトヴェングラーを擁護しはじめる。

 戦勝国と敗戦国、政治と芸術、被害者と加害者はそう単純に区別できるものではなく、一人ひとり矛盾や葛藤に苦しみながら、過去を検証し、未来を生きようともがいている。3月に観劇したパラドックス定数の『Das Orchester』が描いたあとの物語である。

 加藤健一が演じるアーノルドをどう捉えるかが観劇の大きなポイントなのだが、最後まで腹の底を見せない厄介で手強い人物だ。芸術にまったく関心がなく、従ってフルトヴェングラーがどれほど世界的に有名な指揮者であろうと、神のごとく崇拝されていようと関係ない。最初から「フルトヴェングラーはクロ」という前提で尋問を進めており、反ナチという名の新たな権力者にも見える。

 爆撃で廃墟と化したベルリンの町の瓦礫のなかにアーノルドの執務室がむき出し状態で設置されており、建物など物理的なものだけでなく、人々の心もまた荒廃し、戦争による傷が生々しく痛んでいることを示す。焼けただれた星条旗は、アーノルドが相手を執拗に追求すればするほど、彼自身が自分を嫌悪し、自傷行為のごとく病んでゆくことの象徴か。目を凝らすと、瓦礫のなかには千切れた楽譜や汚れた楽器が散乱しており、物言わぬ死者の存在を感じさせる。

 休憩をはさんで2時間30分。作り手はもちろん、受け手も相当な体力と知力を要する作品だ。初日の固さか、台詞の間合いなど不安定なところもあったが、加藤健一事務所が得意とするウェルメイドのコメディから一転、笑いがほとんどなく、人間の罪を鋭く突きつける論争劇は見応えがあり、上演するごとに舞台の空気が変容していくと想像される。 

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