因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

嶋谷佳恵✕高橋紗綾企画 ふたり第2回目『よにん』

2020-03-06 | 舞台

*屋代秀樹(日本のラジオ→関連blog記事)脚本 奥村拓(オクムラ宅→関連blog記事)演出 目黒/rusu 8日終了
 嶋谷佳恵(劇団肋骨蜜柑同好会→関連blog記事)と高橋紗綾企画「ふたり」の2回目公演は、同じ俳優と配役で、「うわごと」と「そらごと」の2バージョンの上演である。奥村拓演出の舞台に初めて出会ったのは、オクムラ宅旗揚げ公演『紙風船、芋虫、かみふうせん』であった。岸田國士の『紙風船』を、前半はきっちりとした新劇風、江戸川乱歩の原作を奥村流に脚色した『芋虫』をはさんで、現代の引きこもり夫婦の『紙風船』に急変するという変則的な形式のものであった。こういう作り方ができるのか!と驚嘆した記憶は今でも鮮明だが、もう10年も前のことになる…。

 今回の会場である古民家ギャラリーのrusuは、JR目黒駅西口から徒歩12~3分だろうか。駅前の喧騒を抜け、長い坂道を下って山手通りを渡ってさらに路地を曲がった静かな住宅街にひっっそりと息づいている。観客は玄関を上がってすぐの板の間で受付を済ませ、右手の和室に置かれた椅子にかけると、奥に小さな流し台のある台所(この古さは、キッチンとは言いにくい)、勝手口などが見える。

 ここは「田瓶市」(劇団肋骨蜜柑同好会はじめ、日本のラジオなど複数の作品の舞台となった架空の町)らしいがはっきりしない。姉(森口美香)がお客さん(五十里直子)を連れて戻ってきた。お客さんはパジャマのまま、しかも裸足でその辺に立っていたそうで、今までの記憶が無く、宇宙人に脳をいじられたかもしれないと言っている。妹(嶋谷)は姉をお姉さんと呼んでいるが、ほんとうの姉妹ではないようだ。そもそもこの家は姉妹の家ではなく、おじいさんが暮らしているらしいが、娘だという女の人(高橋)が、おじいさん(父親)を押し入れに閉じ込めている。「だれが格別悪いというわけはなく、全員がすこしずつおかしいだけだ。しんじつの生活を探求するみじかいおはなし」。当日リーフレット掲載のあらすじは、このように終わっている。

 「だれが格別悪いというわけはなく、全員がすこしずつおかしいだけ」とは、まさにその通りで、最も不安定で極端な造形はお客さんだけである。それがパジャマから部屋着になり、料理をしたりテレビの連続ドラマを見たりなどするうちに家にも人にもなじんでくる。だが姉妹と娘は、おじいさんの扱いをめぐって決裂し、物語は猟奇的な終幕に向かって一気に走り抜ける。自分が観劇したのは「うわごと」版だが、もうひとつの「そらごと」がどのようなものなのか、想像もつかない。

 田瓶市らしいが、どこともいつともわからない、いびつで幻想的な空間である。登場人物の誰ひとりとして、ほんとうのことを明かさず、何が真実かわからないままに進み、物語は終わる。音響や照明効果をまったく使わず、古民家rusu一軒ばかりか、勝手口の窓から見える風景や、通りを走る車の音や通行人の声などの現実の日常までも劇空間に取り込む。(あくまでもいい意味で)観客は劇世界に入り込むことも難しく、終わったら帰るしかない。

 公式Twitterに「会場が大変寒くなる可能性があるので調整を」と注意書きがあるように、古い一軒家の空調は十分ではなく、しかも女性たちが玄関から出入りするたびに、和室の足元には冷気が入ってくる。だがウィルス感染予防の換気と思えば良し。訪れる観客一人ひとりに消毒液の噴霧をする配慮もあり、公演中止や延期続々のなかで、出来る限りの対策をし、極めて平熱の平常心を保って公演が行われているのは、ほんとうに嬉しいことであった。

 一般の劇場ではない場所を魅力的な劇空間に変貌させる奥村拓の演出力、「自分の書いたものが、自分の思惑通りに伝わるかどうかは、あまり興味がない」(当日リーフレット掲載)という屋代秀樹の姿勢に、直前まで会場への誘導や受付業務をしながら演者へと切り替える柔軟性も含め、4人の女優はみごとに応えたのではないだろうか。終わった感じがしないのが、屋代作品の魅力であり、古民家での観劇は終演後の気持ちの切り替えがなかなかできないところもまた味わいのひとつなのである。

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