因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

『今昔物語 ドラマ編』

2019-08-17 | 舞台

*桑原茂夫構成・演出 8月16、17日2回公演 荻窪/カフェクラブ石橋亭 <参考>唐組公式ブログ
 『今昔物語集』は今から千年前、王朝文化華やかかりし時代を背景に、目をそむけたくなるほどの人間の業、狂おしく悲しい男と女の営みなどが生々しく描かれている。このリーディング公演は、この『今昔物語』を紐解き、「羅生門の惨」を序章とし、女が語る物語と男が語る物語を交互に読むものだ。男語りを劇団唐組の若手・福原由加里が、女語りを同じく加藤野奈が担い、そこへ四家卯大のチェロ、佐藤直子のパーカッションが絡む。休憩を挟んで2時間、すさまじい猛暑をしばし忘れ、異空間にいざなわれる不思議体験であった。

 きらびやかな宮廷の裏側には貧困や病苦があり、日々贅を尽くす貴族たちを支える宮仕えの人々、その家族の暮しの様相は想像もできないが、読まれる6編の物語は、父親がわからない子を孕んだ女、獣と交わる女、虐げられた女たちが男どもへの復讐として行ったこと、少女に溺れる高僧等々、権力者と民衆、男と女の立ち位置、力関係が歴然と示されながらも、寝首を掻かれ、だまされ、身を滅ぼすのは強い側である。しかし単純な勧善懲悪の物語ではなく、恨むほうも恨まれるほうも、どちらも哀しい。

 福原は緋色の着物に浅葱色の打掛、加藤は白に緋色を身に纏い、長い髪を下ろし、顔には青、朱で横向きに一刷けの化粧が施されている。男語り、女語りそれぞれにさまざまな人物が登場する。上演台本は原作を現代調に「翻案」されたもので、時折現代劇と見まごうほど身近な口調もあるが、下世話な痴話げんかに陥るぎりぎりで踏みとどまり、ここぞという場面では原文そのままに発せられる。激しく狂おしい言葉の数々は、文語体であるから尚のこと、聴く者に襲い掛かるかのような迫力を持つ。老若男女複数の人物の読み分けはあざとさがなく、原文の迫力、チェロとパーカッションの音楽との共演が、しばし競演、いや闘いになるほどの激しさにも負けず、ふたりの女優は6つの物語を読み切った。構成・演出の意図を的確に受け止め、音声化、立体化することに成功したのである。

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