因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

こまつ座第101回公演『イーハトーボの劇列車』 

2013-11-15 | 舞台

*井上ひさし作 鵜山仁演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアター 17日で終了 そのあと兵庫の西宮、岩手の盛岡、山形の川西でも上演する1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19)。
 井上ひさし作品のなかで、自分にとってことのほか大切で愛してやまないのが『イーハトーボ~』である。思い入れが尋常ではない。それはこれまで何度もみた舞台を繰りかえし思い起こし、戯曲を読み直して、心のなかの『イーハトーボ~』をいっそう大事に磨き上げるためには必要だが、演出や配役が一新された場合、新しい舞台を気持ちよく受けとめるにはブレーキになる恐れがあった。
 宮沢賢治役に井上芳雄がくるとは予想外であった。『ロマンス』で念願の井上作品初出演を果たし、『組曲虐殺』(1,2)では主人公小林多喜二を瑞々しく演じ、帝劇ミュージカルではみられない「舞台俳優・井上芳雄」の魅力を発揮したことは記憶に新しい。しかしそれにしても宮沢賢治とは。

 何度も上演されている演目であり、観客にも舞台の様子が心に強く刻まれている。しかし今回一新された舞台は、それぞれの人物の過去の造形の記憶が邪魔することがほとんどなく、新しく配された俳優さんたちは、実に気持ちよさそうに演じておられるとお見受けした。
 たとえば福地第一郎役の石橋徹郎である。本役は仲恭司のあたり役、大当たりといってもよいくらいのはまり役だ。永楽病院の二等病室で賢治と妹のとし子、第一郎とその妹のケイ子、二組の兄妹で展開する場では、登場から退場まで立て板に水でまくしたて、賢治きょうだいを困惑させ、客席に爆笑の渦を巻き起こす。
 石橋は同じ文学座で仲恭司の後輩にあたり、「もしかしたらやりにくいのでは?」との懸念を気持ちよく吹き飛ばした。仲の「ぶち切れ型」ではなく、思いのほか端正で台詞のひとつひとつを丁寧に伝えていて好ましい。第一郎という人物が、「突然登場するへんな人」ではなく、賢治との論争場面を通して、賢治の心の葛藤をあぶり出す役割を果たしているのだ。

 おなじく妹のケイ子役の松永玲子は公演パンフレットの俳優紹介において、「台本を読んで途方にくれています」と吐露している。ケイ子という役がまったくわからないというのである。これを読んで、まったくそのとおりだと納得した。この場だけの登場であり、賢治にも物語ぜんたいにも強い影響を及ぼす役ではないのである。松永は「おそらく本番に入ってから舞台上で発見することが多いだろう」と分析し、兄の第一郎の日々のノリのちがいもあり、「細かく準備して詰めていくより、目の前で起きていることを見逃さないほうを大切にしたい」と語っている。
 明晰で的確な姿勢であり、舞台でのケイ子はまさに松永玲子ならではの福地ケイ子であった。お見事である。

 そのいっぽうで、賢治の父と刑事を二役で演じた辻萬長には思いのほかしっくりしなかった。 この役も故・佐藤慶がこれ以上ないというほどの名演を残しており、しかし辻萬長の経験値をもってすればと想像したのだが、あの台詞を聞きたい、あのやりとりをみたいという観客のつぼがどれもしっかりと押されないまま終わった印象である。同じく母親と稲垣夫人二役の木野花にも、驚くほど精彩が感じられなかった。これは非常に不思議である。どうしてだろう。

 公演チラシをみて、男性の配役がすぐにわかったのが井上芳雄の賢治と辻萬長の父親だけであり、田村勝彦、土屋良太、みのすけがどの役になるのか見当がつかなかった。その困惑が尾を引いたのか、田村勝彦のサーカス団の団長はいかにももったいなく、みのすけが演じた背の高い車掌役は、実はこの役が非常にむずかしいことを浮き彫りにしてしまったきらいがある。

 前述のように、本作は自分にとって大事であり、みるたびにオープニングの音楽で早くもハンカチが必要なほどの思い入れがある。舞台をみて泣くのは、実は大変気持ちのよいもので、泣ける芝居には、「今日は思いきり泣きにいこう」という期待と安心感があるのだ。
 今回新しくなった『イーハトーボ~』で、自分はまったく泣かなかった。そしてそれを残念ともものたりないとも思わなかったのである。荻野清子によるピアノ演奏は終始控えめであり、これまでの演出のように、ここぞとばかり盛り上げることもなかった。最終場面であの世に旅立つ人々は震えながら手を握りあい、客席にむかってさよならと手を振る。もうここで涙腺が一気に決壊してしまうのだが、人々は楕円形のまわり舞台にひとりひとりが立ち、静かに空をみつめる。この演出によって過度にセンチメンタルにならず、作品のメッセージを伝えることができたのではないか。

 宮沢賢治を演じた井上芳雄は、彼がほんらいもっているまっすぐで素直な資質をより活かし、新しい賢治像をつくることに成功した。上演のたびに変化していく賢治であろう。小林多喜二を経て宮沢賢治にたどりついた。井上芳雄の俳優としての幸運と幸福を、客席でともに喜びたい。

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