因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

真田鰯 ✕ 菊池佳南『大きな栗の木の下で私たちは黙る』~せんだい卸町アートマルシェ2020 -CONBINATION STAGE-

2020-10-17 | 舞台番外編
*真田鰯作・演出 公演公式サイトはこちら せんだい演劇工房 box-1 9日(金)17時、20時上演 配信は18日まで
 舞台下手奥に置かれたベンチには、中央に仕切りがある。公園や街中の外観を保ちながら、ホームレスや泥酔者が寝転がれないように作られた「排除アート」と呼ばれるものだ。そこに白と濃いピンクの艶やかなチマチョゴリを着た若い女性(菊池佳南/青年団・うさぎストライプ)が座っている。そこへ男性(真田鰯)がやってきて、何をしているのかと尋ねると、女性は「表現の不自由展・その後のその後ー!」と叫ぶ。昨年夏物議をかもした「あいちトリエンナーレ」のことが即座に思い出される。この展示会を象徴するアートは「平和の少女像」であったが、舞台の女性は、その設置や撤去をめぐって日韓や中国だけでなく、アメリカやヨーロッパの国々でも火種となっている「慰安婦像」のイメージも纏っている印象だ。ふたりはかつて同居していた恋人同士らしい。周囲からはヘイトスピーチらしき怒号が聞こえてくる。

 この舞台の紹介文には、1960年2月13日、フランスがサハラ砂漠で行った核実験「ジェルボアーズ・ブルー」が、対抗勢力を鎮圧するための暴力行為であったと記されている。この事項が直接示された場面や台詞はなかったと記憶するが、「決して黙りたくない在日コリアンの女と、優しさしか取り柄のない日本人の男。あなたと私が仲良く遊ぶことを許されなくなった世界で繰り広げる、ポリティカルラブコメディ」(同じく紹介文より)という短い解説の通り、舞台のふたりは時事的、政治的事項をあるときは大胆に、あるときは自然に語り、差別や紛争、対立や暴力が国家間の不和が、ふたりの男女という最小単位の人間関係に何をもたらすかを炙り出してゆく。

 ネトウヨやSNSに傷つき、疲れ果てた女性に、男性は「報復は幸せになることだ」、「苦しむなら、(おれの)隣で苦しめよ」と言うが、女はざらついた不愉快な振る舞いを自傷行為のように繰り返す。ふたりの対話とモノローグが交錯し、あわや女は…と観客が息をのんだ次の瞬間訪れる安堵の笑いは、ふたりのこれからを少しだけ明るくする。

 真田と菊池は2019年のおろシェで出会い、このたびのふたり芝居となった。静と動、受容と怒り、諦念と不屈。たぶん今も相手を愛しているがゆえに葛藤は深まり、激しくぶつかり合う。しかしその痛ましいまでの様相は、懸命に支え合い、いたわり合って共に試練を乗り越えているようにも見え、もしかするとこれは理解と共存に至る道筋であり、絶望するのはまだ早いと思わせるのである。

 菊池佳南の出演した舞台の記事はこちら(『親戚の話』/北村耕治作 田中圭介演出、『彼らの敵』/瀬戸山美咲作・演出)、真田鰯はこの度が初見となった。おろシェで出会った作り手が、作品によって観客へと出会いを繋げ、広げてゆく。次回はぜひ、リアルな出会いがもたらされますよう。
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