因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団肋骨蜜柑同好会第10回公演『犬(もしくは)神』

2018-12-21 | 舞台

*フジタタイセイ脚本・演出 劇団サイトはこちら 公演サイトはこちら 中野・テアトルBONBON 24日終了(1,2,3,4
 
2年ぶりの肋骨蜜柑。舞台は、もはや小劇場演劇界共有の仮想都市「田瓶市」その南端の旧山野辺村である。人口1000人足らずの集落に、若い夫婦が引っ越してきた。廃屋を改装して民宿を営み、なかなかの評判らしい。

 ステージほぼいっぱいに神楽舞台らしきものが作られ、そこが民宿の部屋、廃屋、村の集会所など複数の場として設定されている。

 ポルノライターのミカが編集者のヤスオに新しい原稿を手渡したとき、原稿用紙の束から山野辺村の地図が落ちる。ミカはヤスオに「ごめんね」と言って、消えた。物語はミカを探して山野辺村を訪れたヤスオ、彼の先輩である民俗学の准教授と助手が民宿の夫婦、神社の管理人と農家の女性たちと接するうち、この村から12年前にすがたを消した15歳の少女・枝折(しおり)とミカについて物語が迷走しはじめる。

 場所だけでなく、現在と12年前とが交錯したり、現在と過去を同じ俳優が演じる人物と、そうでない人物があったり、人々の相関関係も込み入っている。複数の場所での会話が同時進行する場面があったり、飛鳥時代の蘇我氏と物部氏との抗争に端を発していたり、ある人物が特殊な夢を見る体質を持っていたり等々、ミステリーとホラーが融合したキワモノの様相を呈してくる。

 しかし重い宿命を背負った女性の人生に触れた人々が、現世の自分を捨てて、あたかも殉教者のように彼女のあとを追いかける最終場は胸に迫るものがあった。愛や恋ということばや概念では括れない何か、である。

 俳優と役柄のマッチングがどれもぴたり。これまでいろいろな作品での役柄や演技がさらに充実した俳優もあれば、意外な設定で新しい顔を見せた俳優も。何より、全員が心を合わせて、フジタタイセイの劇世界を構築しようとしている。劇作家・演出家として、俳優としてスタッフとして互いに挑戦し合い、それに応え合って、素晴らしい舞台成果に結実したのだ。年末になって凄いものを見てしまった。誰かれなく言いたいが、うまく言えない。このもどかしさもまた、フジタタイセイ作品の魔力なのである。

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