因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

演劇集団円+シアターχ提携公演『ペリクリーズ』

2023-03-07 | 舞台
*W・シェイクスピア作 安西徹雄翻訳 中屋敷法仁(柿喰う客)演出 公式サイトはこちら 両国・シアターχ 8日終了
 本作とはじめて出会ったのは2003年、蜷川幸雄演出による彩の国さいたま芸術劇場の公演である。もう20年も前のことだ。蜷川は戦火の只中にあるどこかの国へやってきた旅の一座による一夜の芝居という外枠を作り、冒頭、爆音が響く中、逃げまどい傷ついて疲弊しきった人々を一人また一人と登場させた。台詞は一切無い。やがて人々は舞台に一列に並び、客席に向かって静かに頭を下げた。「今宵限りの芝居を御覧じろ」ということだ。客席からは拍手が起こり、この趣向を、一座の人々を受け入れたとの応答に、早くも胸が高鳴ったことを思い出す。家族再会の大団円ののち、人々は戦乱の止まぬ地からいずことも知れず、再び旅立ってゆく。喜びに溢れる終幕が夢と消え去ったかのような重苦しい終幕である。しかも初日のカーテンコールはなかったと記憶する。

 さてこのたびの円の舞台は、上演前の劇場にリュートの美しい調べが流れ、日常から非日常へと静かに観客を導く。15分の休憩を挟んで2時間20分の長丁場をスピーディかつ丁寧に作り上げた。舞台装置や小道具類、俳優の衣装は深海を思わせる青を基調にネクタイやヘアバンド、殺人者用のグローヴなどところどころに深紅を配した(乘峯雅寛美術、西原梨恵衣裳)。美しい地中海がひとたび荒れ狂うと、人の命も財産も容赦なく奪い取る。海に翻弄され傷つきながらも、最後は海によって巡り合う運命の奇跡の物語のイメージカラーとして効果的である。次は俳優たちの激しいムーヴに強く引き込まれる。振付やダンスというより組体操のようなところもある。大きなテーブルや複数の椅子を動かしながらの激しく目まぐるしい動きは、お互いの呼吸やタイミングが少しでもずれたら大けがになりかねない。新劇系の劇団公演でここまで激しく、凝りに凝ったムーヴは非常に珍しい。驚嘆しつつもずっとこの調子であると見る方はいささか疲れ、ステージ全体が却って凡庸になるのでは?という懸念もあった。しかし後半からはじっくりと台詞を聴かせる場面が続き、舞台ぜんたいにメリハリを生んだ。劇中にはさまざまな音楽が使われており、中には違和感を覚える音調もあったが、後半でマリーナが心を閉ざしたペリクリーズをまだ父と知らずに歌って聞かせる優しい歌は心に残る(冒頭部分とカーテンコールでも流れていたか?)。やがて家族の再会が叶った場面では、結末を知っているにも関わらず胸が熱く、まことに喜ばしい心持で劇場をあとにした。

 1976年安西徹雄訳・演出の本作でタイトルロールを演じた藤田宗久が物語の案内役・詩人のガワ―役を演じ、語り部を務めながら自らも物語に身を投じる。劇団の歴史とともに、作品の懐の深さ、奥行きが感じられる。ペリクリーズ役の石原由宇は、人生の絶頂からどん底まで振り幅の大きな役を力いっぱい演じ抜く。場面に応じて複数役を兼ねる座組の中で、石原は本役のみと思ったが、後半のミティリーニの女郎屋で、3人の女郎のひとりだったと見えた。どうだったのだろう?いずれにしても、さまざまな役を演じ分け、演じ継ぐたびに衣裳も次々と変える座組のチームワーク、入念な稽古が積まれたことを想像させる。
 
 旅の一座を設定した蜷川演出の舞台を見たあと、重苦しい心をむしろ快いと感じながら帰路に着いたこと、この『ペリクリーズ』がなぜ人の心を捉えるのかを考えた。戦時下に生きざるを得ない人々のすがたは悲惨極まりなく、これは20年後の今でも、ウクライナはじめ世界各地で起こっている戦争そのものである。大切な家族とは離れ離れで生死も知れず、家も暮しも失った。絶望のどん底の現実にある人間が、シェイクスピアのロマンス劇に何を見出すのか。

『ペリクリーズ』は、傷つき、疲れ切った人の心にあるときは力強く訴え、あるときは優しく語りかけて、「この物語のように、もしかしたら、家族も友だちもどこかの国で生きながえている」「いつか巡り合える日が来る」という微かな望みを呼び覚ますのではないだろうか。金と欲にまみれ、泥水をすすりながら生きていくしかない女郎屋の客引きのボールトや好色な太守のライシマカスが、高潔なマリーナに諫められ、諭されて改心してしまうくだりなど、人間はそう単純に変われるものかと思いつつ、誰にもほんとうは良き心があると信じたい、そうであってほしいとひたすらに願う気持ちを呼び起こされてしまうのである。「こんな夢のようなことは現実にあり得ない」と諦めるのではなく、人間はどうしても希望を抱いてしまう。抱かずにはいられない。だから生き続けられる。そのことに気づかせる。ここに本作の魅力があり、演劇が果たす役割がある。

 コロナ禍によって常に緊張を強いられる日々が続き、ウクライナでの戦争は収まりそうにない2023年の今、『ペリクリーズ』はやはり温かな希望の物語であり、それを客席に届けようとする作り手の懸命なすがたに心を打たれ、慰められた。
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