因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

演劇集団円『コネマラの骸骨』

2009-10-18 | 舞台

*マーティン・マクドナー作 芦沢みどり翻訳 森新太郎演出 公式サイトはこちら ステージ円 21日まで
 まずはお詫びです。自分は本作のタイトルをずっと『コマネラの骸骨』と思い込んでおり、今日上演前に劇団スタッフさんが「本日は演劇集団円公演『コネマラの骸骨』にご来場いただき・・・」と挨拶されるのを聞いてぎょっとした次第。申しわけありません。ブログの表記は訂正いたしました。

 さて『コネマラの骸骨』であるが、マクドナーのリーナン3部作の真ん中にあたる作品で、2004年上演の『ビューティクィーン・オブ・リーナン』(未見)、2006年上演の『ロンサム・ウェスト』に続いて、円はマクドナーの集大成を行ったことになる。劇作家と演出家と劇団のカラー、俳優の個性など、さまざまな要素が幸福な出会い方をした。自分は『ロンサム・ウェスト』が強く印象に残っており、今回の『コネマラの骸骨』には並々ならぬ期待と気合で臨んだのだった。

  暗い室内と暗い墓場で進行する物語は謎が多く、明かされる謎もあるにはあるが、あまりに馬鹿馬鹿しかったり(吉見一豊の警官め!)、結局真実が示されなかったり、では最終作の『ロンサム・ウェスト』に答があるかというと、やはりそうでもないのだった。

 墓場で土の掛け合いをする様子は、先輩俳優が後輩を苛めているようでもあり、昔みたドリフのコント風にもみえるし、掘り出した骸骨を部屋に持ち帰って木槌で滅多打ちするさまも、舞台美術や装置の転換はじめ、作り手側に大変な労力を要求していながら、その描写の数々が劇的な効果を生んでいるようにもみえず、しかし決して無駄ではなく、何かしらを客席に発していることは確かなのだが、それを自分は的確に表現することができない。

 マーティン役の戎哲史は研究生からの大抜擢で、ベテラン3人に取り囲まれて(ほんとうに)大健闘であったが、あの終始イカれた兄ちゃん風の演技は、ほかに違う造形はなかったのだろうか?もう少しどうかあるような気がするのだが。

 笑いや疑問、不満もあって、それらさまざまな気持ちをおなかにため込んだまま劇場を出た。と、同道の友人が「あの男の子、おめーなんか聖歌隊に入れねーよって」と大笑いしながら口火を切った途端、自分も「ほんとだよ.おめーが聖歌なんか歌うんじゃねーよ」とものすごい言葉づかいになり、劇中の台詞を繰り返しては2人できゃあきゃあ笑いながら浅草寺まで歩く。「自分はおかしくなっている」そう思った。

 少々不完全燃焼気味なのは、『ロンサム・ウェスト』にあったような「詩情」を期待していたからだろう。安易に期待などしてはいけない。マクドナーはそう簡単にこちらを楽しませたり、うっとりさせたりはしないのだから。わかったような気になり、登場人物にうっかり感情移入したり、安心して歩み寄ると「知るかよ!」とぶっ飛ばされる。こちらも「覚えてやがれ」と次の作品に対して闘志がわく。喧嘩腰の爽快感。この感覚が自分がマクドナー作品をみるときの楽しさだと思う。

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