因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団フライングステージ第37回公演『ワンダフル・ワールド』

2012-07-05 | 舞台

*関根信一作・演出 公式サイトはこちら 下北沢 駅前劇場 8日まで (1,2,3,4,5,6,7,8,9,10)
 昨年の『ハッピー・ジャーニー』はゲイの息子が母親と旅をする東日本大震災1年前の夏が描かれていたが、最新作『ワンダフル・ワールド』 は、震災直後から今年の桜の季節までの物語である。主人公のふるさとは東北のどこかの町、実家は代々続く造り酒屋である。10年前、ゲイであることをカミングアウトして父親に勘当されて以来実家と絶縁状態の主人公は、震災を機に家族とのつながりを取り戻すことができるのか。

 劇団員はもちろんのこと、常連の客演陣、今回が初参加と思われる方も実に適材適所の配役で、あの日から今日までの日々が描かれる1時間30分である。

  冒頭、震災からおよそ1カ月経ったある日、主人公とその彼氏が犬の散歩をしている。そこに緊急地震速報が。あのメロディをきくと、震災当日からしばらく余震の続いた日々の感覚がよみがえる。「あの日からずっと揺れてる感じなんだもん」という台詞、自分もそうだった。あれから1年4カ月。あっという間だった。まるで昨日のことのようでもあるのにはるかかなたに遠のいているようにも思え、「忘れてはならない、でも忘れてしまいたい」という気持ちがせめぎあう。津波はもちろん計画停電すら体験せず、ほとんど無傷といってもいいくらいなのに。

 昨夜初日をあけたばかりで、まだ舞台に固さが感じられるせいもあるが、ウェルメイド劇の名手関根信一をして、やはり「3.11」を作品に反映させることはむずかしいことなのだろうか。

 たとえば登場人物の人数やそれに伴うエピソードなど、いささか盛り込みすぎの印象をもった。昨年は母親と息子の関係が主軸であったが、今回は息子がゲイであることを受け入れられない父親が物語の鍵をにぎる。しかし当の父親は遂に最後まで登場しない。このことがじゅうぶんに効果をあげていただろうか。また俳優が複数役を兼ねることがめずらしくないが、今回は1人ひと役が貫かれた。それだけ個々の人物の掘り下げや造形の工夫など、もう少し深く鋭い切り口で震災と家族の関係を描くことが可能になるのではないだろうか。

 震災後の空気を支配しているのは、「がんばろう」「つながろう」「絆」に代表される前向きで力強いことばの数かずだ。主人公は震災を機に、途絶えていた家族との絆を取り戻そうとするが、なかなか素直になれない。それは彼の父親も同様である。この一筋縄ではいかない人間の心の様相を、被災地におけるセクシャルマイノリティへの支援など、報道されることの少ない問題をからめながら、上記のスローガンではない表現で描くことがフライングステージならできるのではないかと思うのである。

 「あの日」を「なかったこと」にはできないのであり、それを踏まえながらわたしたちは「これから」を生きていくしかない。この現実は劇作家や演出家はじめ、演劇をつくる側の人にとっても、みる側にとっても同じである。作り手が「どう作るか」「何を見せたいか」を懸命に模索するのと同じように、みるがわもまた「何を見たいか」「どう受けとめるか」が問われているのであり、3.11が関わらざるをえないこの国の演劇に関わる者のいわば宿命であろう。

 辛く(からく)て重いことを書き連ねてしまったが、今回がフライングステージデヴューの友人たちも舞台から確かな手ごたえを得た様子で嬉しい夜になった。
 「これから」を考え、生きていこう。『ワンダフル・ワールド』の舞台からのメッセージである。

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