因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ティーファクトリー『4』

2021-08-19 | 舞台
*川村毅作・演出 公式サイトはこちら あうるすぽっと 24日終了(1,2,3,4,5,6,7,8
 2012年のシアタートラムの初演『4 four』(白井晃演出)の印象は、劇場の形態が大きく変えられていたこと、その劇場の空気にからだぜんたいが捉えられたという強烈な感覚であった。その後翻訳され、世界各国で上演されている作品を、このたびは川村自身が演出した。劇場は中サイズになり、演技エリアと客席がきっちりと分けられた形式である。開演前の化粧室で蝉の鳴き声が聞こえてきた。近くに木々があるのかと思ったら、客席に流されている音声であった。今の季節と同じく、残暑あるいは晩夏の物語となるのだろうか。

 当日パンフレットには本作の上演記録が掲載されている。2011年春、世田谷パブリックシアターの稽古場での「劇作家の作業場vol.1〈モノローグの可能性を探る〉」と題した上演予定のないワークショップのリーディングとしてスタートしたところから、ブラッシュアップのための「一部リーディング」を経て2012年シアタートラムの初演、そして英語、デンマーク語、韓国語による公演が実現。その後「モノローグの可能性について」として本作を検証しつつ、様々なモノローグ作品のリーディングやレクチャー、川村が学科長を務めた京都芸術大学での「『4』上演の可能性を巡る劇場実験」を経て、昨年川村劇作40周年記念事業の上演がコロナ禍で延期され、1年後ついに観客の目に触れることになった。降るような蝉しぐれ以外何も聞こえず、息をつめて開幕を待つ。

 何かの事件の被害者の遺族らしき5人の男たち(今井朋彦、加藤虎ノ介、川口覚、池岡亮介、小林隆)が登場し、裁判員、法務大臣、刑務官、未決囚としてモノローグを語る。時おり役を入れ替え、流れを確認しながら進行する形式は、取返しのつかない罪を犯した加害者と被害者、その罪を裁く者、罪に対する罰を実行する者で、いずれも重苦しい立ち位置にある。役を入れ替えることによって、視点が変わり、相手の気持ちに近づいたり、逆に自分の心の奥底の様相が一層強く炙り出されるなど、四者の関係性は複雑に変容する。さらに5人めの男(小林隆)は当事者4人から離れており、本格的に登場した終盤において、物語を激しく揺り動かす存在となる。

 ある人の生命を奪う。取り返しのできない罪である。たとえ死刑になったとしても死んだ者は生き返らない。ならば償いの道はないのか。そして被害者とその家族が憎しみから解き放たれ、悲しみの癒える日は訪れるのか。さらに実際に苦悩が存在する現実に対し、演劇というものがいかに関わることができるのか。

 いずれも単純に考えられることではなく、正解は得られない。しかしそれゆえに、モノローグ、役の入れ替えという形式が単なる趣向に収まらず、観客に「もし自分が彼の立場ならどうするか?」という問いを突きつけ、答に窮したとき、自分を別の立ち位置に置き換えてみることの有効性(速攻の回答は得られないしても)、救いや希望へのかすかな光を示しているともいえよう。

 自分だけのつぶやき(モノローグ)であっても、それを聴く観客がいる限り、その言葉は他者に届く。他者の心に落ちた水滴は、物語が終わって劇場を出たあとも波紋となって、日常に広がってゆくかもしれない。現実に苦難に見舞われたとき、わたしたちの心からどんな言葉が生まれ出るのだろうか。
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