因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

コニエレニ×ビニヰルテアタアVol.1短編戯曲集『ふたつの小部屋』より『千絵ノムラ版 鞄』

2018-06-08 | 舞台

公式サイトはこちら 御徒町/Gallery Spaceしあん 10日(日)まで
 『隣の部屋』に続く2本めは、千絵ノムラが安部公房の戯曲『鞄』にインスピレーションを得て書いたもので、劇作家協会主催「リーディング・フェスタ2014戯曲に乾杯!」に出品した作品の改訂版とのこと。出演は千絵と東京乾電池の吉橋航也、演出は赤松由美である。

 1本めが終わると軽快な音楽の流れる中、緞帳の向うでは相当に大がかりな舞台転換が行われているらしく、時折派手な音がしていたが、『隣の部屋』のブラックな味わいにすっかりリラックスした客席からは笑いが漏れるほどだ。幕が開くと、壁の取り払われた縁側は暗いまま、街灯の明かりが少しだけ入っている。下手に女性が座り、男は上手に立ち、異様に張りのある声で台詞の第一声を発する。ん?このような芝居はつい先日雑司ヶ谷・鬼子母神で…?何と言ったかは失念したが、聞くところによると、「最初だけ唐組風にした」とのことである。

 一組の夫婦(千絵、吉橋)がテーブルを挟んで言い合いをする。妻の脇には古めかしい鞄が。一緒に旅行するはずが、夫の仕事のために行けなくなった。なのに妻は鞄を出してくる。なぜなら鞄が旅に出たいと言っているから。呼吸し、かすかに言葉を発する「生きている鞄」によって、夫と妻は次第に迷路に入り込む。別役実戯曲のようでもあり、少し唐十郎の匂いもしてくる不可思議な、しかし日常的なリアルも感じさせる劇世界である。

 変なのは明らかに妻のほうで、夫は妻を懸命に諭し、まともな方に戻そうとする。しかしほんとうは、実のところは…という展開はある程度読めるものだ。しかし千絵と吉橋の会話のテンポや間の取り方が絶妙で飽きさせず、類型と思わせない旨みがある。俳優の千絵ノムラが戯曲を書き、同じく俳優の赤松由美が演出する。ひとつの台詞を発するときの呼吸や相手への投げかけ方、客席への届け方など、具体的なノウハウやコツなどを身に沁みて会得している同士が作り上げた舞台成果であろう。

 ひとつだけ気になったのは、後半夫婦の秘密が明かされるあたりで、そのものずばりの言葉が使われていた点である。そのあとの夫の「僕が君を気遣ってやれなかった」などの台詞、子どもの名前を考えていたなどのやりとりから、何があったかは十分に伝わる。そのものを示す言葉は、この劇世界においては耳にも心にも刺さり過ぎるのだ。

 赤松は当日リーフレットの挨拶文に、共演者である西本竜樹と吉橋が、「会話とは何か、本当に根気強く示してくれますが、そのための稽古法は、実は今まで禁忌としてきた方法で、律を破るような怖さがつきまといます」と記している。それが具体的にどのようなものであるかはわからないが、「自分が足下からバラバラと崩れるような体験の連続」(同)とは穏やかではない。

 これを唐組と東京乾電池の芸風の違いと言ってしまえば簡単だが、実はもっと深い問題を孕んでいると思う。東京乾電池の西本と吉橋いずれも力みがなく、相手との呼吸や距離を適切に捉え、柔軟な演技を見せる。懐が深く、バランスの取れた在りようというのか。考えてみると東京乾電池は1976年創立された、老舗といってもよい劇団である。公演だけでなく一般の人を対象にした演劇教室、戯曲教室、出張ワークショップなど、活動は実に多彩だ。座長の柄本明、角替和枝夫妻はもちろんのこと、劇団員のなかから劇作家や演出家が生まれて自分たちの新しい舞台を次々に発表し、ワークショップでは講師を務めている。東京乾電池の俳優陣は皆個性的で、あくが強く癖がある。しかしながら今回の公演の舞台成果は、東京乾電池が自分たちと違うタイプのものを退けたり、否定したりせず、まずは受け入れてみて、その上で試行錯誤し、時には相手をこちら側に引っ張り込み、ある時には自分たちの方から相手の懐に飛び込むなど、自在に変容しうる柔軟性を備えていることの証左ではないだろうか。

 自分はまことに遅れて紅テントにやってきた観客である。それでもテントにはもう赤松由美のすがたがなく、登場やカーテンコールで「アカマツ!」の大向うが聞けないことはほんとうに淋しい。また千絵ノムラがテントに立つすがたは見ることができなかった。これは大いなる悔いである。しかし自分が体験できなかった過去の舞台を想像しつつ、今とこれからの舞台を味わえるとは、何と嬉しいことか。梅雨の晴れ間の良き夜になった。

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