因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

『男たちの中で』秋の劇場16 座・高円寺<新>レパートリー

2019-10-22 | 舞台

エドワード・ボンド作 堀切克洋翻訳 佐藤信演出 公式サイトはこちら 座・高円寺1 27日終了
  実は
この夏、非常に困惑する翻訳劇を何本か観劇した。舞台上で緊迫したやりとりが展開しており、人々の存在の生々しさは伝わる。台詞は耳に聞こえ、俳優の表情や動作は目に入る。にも拘わらず、何を言っているのか、どうしてこのような動きになるのか、これはどういう話なのかが最後まで手応えを得られなかったのだ。翻訳がこなれていなかったのか、演出の導きが適切でなかったのか、俳優の技術的な面に問題があるのか。何より、観る方の知識や教養、その作品の観客としての見識が足らなかったのか、理由がつかめないことも困惑の度合いをいっそう深めることになった。

 本作は3時間越えの議論劇とのこと。いささか警戒しつつの観劇となったのだが、開幕するや懸念や雑念が消え、自然に舞台に集中することができた。人物の台詞の一つひとつが確実にこちらに届いたこと、その意味がわかったこと、劇の展開にこちらの感覚を委ねられたためである。その理由は翻訳、演出、俳優、おそらく全てであろう。

 東西冷戦期の1980年代に書かれた本作は、銃器製造・販売の老舗企業を舞台に、オーナーであるオールドフィールド(龍昇)、その養子レナード(松田慎也)の複雑な親子関係(レナードは捨て子であったという)を背景に、オールドフィールドの秘書ドッズ(真那古敬二)は、面従腹背と単純に言い切れない立ち回り方、この家の使用人バートレイ(下総源太朗)の、一筋縄ではいかないどころではない変貌の様相、新興スーパーマーケットチェーン経営者ハモンド(千葉哲也)の、武器と食品を同等に扱う感覚、見るからにひ弱で、他者から利用されることでしか生き延びられない個人経営企業の跡取り息子ウィリー(植本純米)の6人が織りなすパワーゲーム…などという表現はどうも軽い。『ハムレット』の父と息子を思わせる愛憎と確執であり、武人たちの権力抗争劇的であり、定められた運命に抗えずに破滅していくギリシャ悲劇のようでもあるのだ。

 6人ともこれまでいろいろな舞台で見たことのある俳優だが、こういう設定のこのキャラなら、こんな演技…といった固定観念に縛られがちなこちらの頬を軽く平手打ちするかのような表情、造形で、膨大な台詞の議論劇にぐいぐいと引き込む。6人の男たちのすがたは、自分に強烈な印象を残したが、おそらく今回の演技は、たやすく他の作品に反映できるものではないと想像する。うまく言えないのだが、それくらいありきたりではなく、といって「新鮮」、「新境地」とも違い、その俳優自身も気づかなかった別の顔や声、それも暗かったり歪んでいたり、本人が意識したくない部分を引き出されたかのようであった。後味の悪い結末であるのに、終演後は爽快ですらあった。その理由は、やはり翻訳、演出、俳優、おそらく全てであると思う。

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