因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団民藝公演『33の変奏曲』

2017-09-27 | 舞台

*モイゼス・カウフマン作 丹野郁弓翻訳・演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 10月8日まで
 現在のニューヨーク、音楽理論学者キャサリンは難病と闘いながら研究にいそしむ。一方で、19世紀初頭のウィーンではやはり病に冒されたベートーベンが変奏曲の作曲に取り組んでいる。現在と過去が行き来しながら、音楽を人生の宝として与えられた人々の物語。1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27,28,29

 エンタメサイトSPICEに、訳・演出の丹野郁弓と主演の樫山文枝のインタヴューが掲載されている。作品についても詳しく語られており、観劇の大きな一助となる。そのなかで指摘されているように、本作はトム・ストッパード作『アルカディア』の構造に似ている。いまだに理由はわからないが、2016年春に上演された『アルカディア』は自分にとって楽しむところまで行きつけない謎の作品であった。その経験を考えれば、この日の『33の変奏曲』はすっきりした構造と作風によって、素直に味わえるものであった。舞台正面に紗幕があり、その奥にピアノが置かれ、「33の変奏曲」の生演奏を聴きながら、この曲作りに没頭し、見せられた人々の200年を行き来しながらの物語が始まる。ピアノ演奏は、鈴木ゆみ、猪野麻梨子の交互演奏。

 「音楽学者」、音楽の学者という言い方はいまひとつなじまないが、要は研究者である。音楽をより深く味わおうとすると、単純に聴くだけではものたりず、作曲者についても知りたくなる。ベートーベンは、自分のワルツの変奏曲を作曲してほしいというディアベリの依頼を、取り立てて魅力がない曲だと酷評し、いったんは断っておきながら受け入れた。ほかに大仕事を抱えていたにも関わらず、何年もかけるほど熱中したこと等々、調べれば調べるほど興味は尽きないであろう。

 人の心や頭には、どのようにして「自分は何を好きか」という意識が生まれるのだろうか。大学にはたくさんの学部や専攻があり、たとえば単純に文学といっても、作家、作品は数多あり、さらに「どの作家の何という作品の、どこについて研究する」というところまでいけば、学生、教師、研究者問わず、学ぶ人の数ほど研究対象があるといってよい。たったひとつ「知りたい」という気持ちを与えられたなら、その対象をひたすら掘り下げるだけでも大変だが、そうするうちに対象の周辺のことも知る必要があることに気づく。そうなるとどこまでいってもこれで完璧、完成ということはありえないほどで、高い山に登ろうとすると、決して一足飛びにはゆけない。広い裾野から自力で一歩ずつ歩かねばならないのだ。

 キャサリンは筋萎縮性側索硬化症を患い、人生の残り時間が待ったなしの緊迫感をもってのしかかる。一方一人娘のクララはそこそこ才能や適性があることが災いし、職を転々としている。血のつながった母子でありながら、生き方の違いがあぶりだされる前半から、後半は次第に病が重くなる母と伴侶を得た娘は、次第に和解へと導かれる。

 後半、ベートーベンがキャサリンの病床を訪れる場面がいささか凡庸で、すれちがいながらぎりぎりまで近づき、ようやくここで邂逅と思わせて、いや、やはり…という手ごたえがないのが残念であった。過去の人と現在の人が同じ場で会話するという一種の禁じ手を見せるのであれば、もっと演劇ならではの旨み、味わいがほしい。第一幕終盤で、3つの時空間にいる人々のそれぞれの台詞がだんだん近づいて重なり、静止する場面があることを考えるとなおさらだ。ベートーベンがキャサリンを「おまえ」と呼ぶのにも違和感がある。原文はどうなっているのだろうか。

 初日の舞台にはまだ硬さが残り、出演者も台詞のやりとりのタイミングや間などを模索している印象があった。しかし、もしかすると本作は「こなれない」ほうがよいのかもしれない。樫山文枝が演じるキャサリンは、学究肌というよりは好奇心旺盛な女学生の雰囲気の快活な女性であるが、娘に対しては決して器用にふるまえない。娘も同様で、母の病で知り合った看護師に促されてようよう歩み寄る。ベートーベンにしても生身の人間であり、「天才肌」な面は確かにあっても自分も周囲も傷つけながら懸命に作曲を続ける。不器用で、さまざまなもの(人を含めて)つまづき、失敗を繰り返す人々が、それでも神から与えられた音楽という宝を共有し、それぞれのたまものを活かして音楽を作る、あるいは味わう、世に送り出す、研究と、仕事に没頭するすがたはやはり美しい。


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