因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団印象-indian elephant- 第24回公演『瘋癲老人日記』

2019-10-02 | 舞台

谷崎潤一郎原作 鈴木アツト構成・演出 西宮紀子舞台美術・小道具 公式サイトはこちら 下北沢・小劇場B1 6日まで1,2,3,45,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25
 原作は、77歳の卯木督介の日記と、彼が体調を崩して執筆ができなくなった最後の部分は看護婦、医師、娘の手記で構成されている。督介の性的欲求はもはやからだが効かないためであろうか、「単刀直入には行かず、観念的に紆余曲折の道を取ってあやうく満たされる」(新潮文庫収録 山本健吉の解説より)ことになる。そこに息子の嫁の颯子(さつこ)という若く美しい女性によって、督介は妄想を掻き立てられ、狂気じみた趣向に暴走しはじめる。

 颯子に対する欲求が、次第に回想のなかの母親に投影されてゆき、やがて颯子の足型を石に彫って「仏足石」にするために、彼女の足の拓本を作るという突飛な行動に及び、死んで墓に葬られ、颯子の足に踏まれて、その足裏の柔らかさと重みに痛がりながら、「もっと踏んでくれ」と叫ぶという倒錯した境地に至るのである。

 さて今夜の舞台である。同じ下北沢「楽園」に似た構造の劇場で、舞台スペースを「く」の字型に挟む形になっている。中央に大きな平台が位置し、硯と筆、赤い表紙のノートが1冊置かれている。

 鈴木アツト構成の舞台の第一の特徴は、5人の女優(落合咲野香、杉林志保、松田珠希、宮山知衣、山村茉莉乃)が颯子はじめ看護婦や乳母、督介の母親などを演じ継ぐ点である。容姿もスタイルも芸風も異なる女優たちが黒いドレスから赤いワンピース、バスタオルを巻いただけの半裸など、さまざまなすがたで(西原梨恵衣裳)入れ替わり立ち代わり督介の前に現れて彼を翻弄しては去ってゆく。5人がいちどきに現れる場面もあり、すべては督介の妄想とも思われるような幻想的な雰囲気とともに、小気味よいメリハリを生む。女優はもうひとり出演し(吉岡あきこ)、看護婦のほか督介の妻と乳母を演じる。

 督介は近童弐吉がほとんど出ずっぱりで演じているが、もうひとつ興味深いのは、岡田篤弥の配役である。彼も5人の颯子顔負けに、颯子の夫、甥の春久を演じ、さらに「若い男」の役名で、督介の台詞(日記の記述)を発するところもあり、ともすれば老残、老醜を晒しかねない舞台に、奇妙な爽やかさとともに、微妙に胡散臭い空気を生んでいる。

 原作は前述のように特殊な構造の作品であり、終わり方が非常に中途半端なのだが、抽象的な舞台美術と最小限の小道具を活かし、ダンス(山村茉莉乃振付)の要素も加えながら、およそ90分の舞台に仕上がった。6人の女優はいずれも作品全体のなかでの自分の位置を的確に把握する好演、なかでも劇団所属の山村茉莉乃と杉林志保は、これまで見たことのない残酷なまでに鋭い切れ味を見せる。

 劇団印象と鈴木アツトは、遊び心に富んだファンタジックで可愛らしい舞台から、韓国はじめアジアの国々に目を向け、今年はヨーロッパで現地の俳優との創作を行った。少子化や代理出産など社会の諸問題を取り入れ、大人と子どもが一緒に楽しめる舞台にも挑戦するなか、今回の老人の日記の舞台化に行き着いたことは意外であったが、小説家で谷崎の研究家である坂本葵とのアフタートークにおいて、その理由にも納得できたのであった。初日以降のアフタートーク登壇者の顔ぶれをみると、鈴木が小説の舞台化、オリジナルのアレンジについて強い興味を抱いていると察せられ、今後の舞台がまた楽しみになるのだった。

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