因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

文学座5-6月アトリエ公演『ナシャ・クラサ 私たちは共に学んだ』

2012-05-22 | 舞台

*タデウシュ・スウォボジャネク作 久山宏一、中山夏織翻訳 高瀬久男演出 公式サイトはこちら 文学座アトリエ 6月1日まで(1,2,3,4,5,6)
 アフタートークにおいて、本作上演にあたって次のようなプロセスがあったことを聞く(登壇者は翻訳の久山宏一氏、演出の高瀬久男氏、司会進行は朝日新聞記者の西本ゆき氏がつとめる)。
 2009年ロンドンで英語版を観劇した中山夏織氏が英語を日本語に翻訳して文学座に本作を紹介したのがきっかけ。劇作家がポーランド語からの翻訳を希望し、ポーランド、ロシア演劇の専門である久山宏一氏が翻訳をおこなって上演のはこびとなった。訳者が久山、中山の連名になっていること、企画協力として中山氏の名前が明記されているのはそのためである。
 タイトルをすべて明記すると、『ナシャ・クラサ 私たちは共に学んだー歴史の授業全14課ー」である。「私たちは共に学んだ」は文学座のオリジナルだが、「歴史の授業・全14課」というものがあることがあとになってわかり、「(前者を)すでにチラシに印刷していることもあって、両方を使った」というエピソードも披露されて、結果的に多少長いタイトルになったものの、作品の内容だけでなく、劇作家の伝えたいこと、上演する文学座の姿勢が伝わってくるものになった。

 ポーランド北東部の町で1919年ごろに生まれた子どもたちが小学校にあがり、それぞれが死を迎えるまでの数十年が描かれる。配役表には役名とともにその人の生年と没年が記されている。はたちそこそこで亡くなった人、2000年代まで生きた人などさまざまだ。
 カトリック教徒であるポーランド人もそうでないユダヤ人も、子どもたちは同じ教室で共に学び、遊んだ。ポーランドはドイツとロシアふたつの強国に侵略され、ポーランド人がユダヤ人を虐殺したある事件を契機に、同級生たちは生死を分かつ濁流に飲み込まれる。
*これは近年明らかにされた「イェドヴァネブ事件」をベースにしている(NHKスペシャル『沈黙の村』で描かれていたもの)。

 裸舞台には古びた椅子と机が整然とならぶ。俳優たちがひとり、またひとりやってきて椅子に座り、小学校での最初の一日がはじまる。それぞれが自分の親の仕事と、自分がなりたい仕事を発表する。演じる俳優は実年齢にも開きがあり、ことさら役柄の年齢を作る造形はしていない。
 子どもたちは嬉しそうに「今日から新学期が始まるんだ」と歌う。日本なら「いちねんせいになったら」であろうか。劇世界のエネルギーが一気にあふれだす。

 照明や音響は最小限に抑制されている。サブタイトルに「歴史の授業全14課」とあるので、時代設定や何年のできごとかを映像で客席に示すと予想したのだが、10人の人物の台詞が弾丸のように放たれる舞台に圧倒されるばかりであった。人物がポーランド人とユダヤ人に分けられることは何とかつかめたが、耳になじみにくい東欧系の名前であるためか、配役表に書かれた名前と舞台で発せられる名前が一致せず、「OOという名前はどの人物のことか」を把握するのに手を焼く場面も多かった。

 会話、対話というよりも「あのときこうだった、こうした」という過去形の台詞が圧倒的に多い。
 それも独白というにはあまりに強度が高く、ことばを客席に力いっぱいぶつけるように発せられる。
 アフタートークで演出の高瀬氏が「とにかく台詞を役者に言わせてみる、言ってしまうことで、表現が飛躍する」と語っておられた。
 怒涛のように押し寄せる劇世界には息苦しく圧倒されるばかりで、安易な感情移入はもちろん理解、把握をしようと立ち止まるいとまも与えない。
 それでもとにかく受けとめてみよう。これが本作をはじめてみた自分の気持ちであった。人種や宗教が絡む問題は実感を持ちにくく、当事者ではないことの弱み、後ろめたさにつながる。
 だが『ナシャ・クラサ』が心にもたらしたものはこの日だけで消えるものではなく、痛みや苦さを伴いながら、これからも続いていくと思われる。
 
 休憩をはさんで2時間45分の芝居に加えてアフタートークが1時間30分の長丁場であったが、からだの疲れよりも心と頭が動き出す感覚があった。トークの終盤で、高瀬氏が「演劇の勝利」ということばを口にしておられた。
 厳然とした歴史の事実、人間の苦しみに対して演劇ができることがある。
 その確信を舞台から受けとることができたのだ。

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