因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団民藝公演『地熱』

2021-02-06 | 舞台
*三好十郎作 田中麻衣子演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 14日まで

 本作は新派俳優の井上正夫の委嘱で書かれ、新劇と新派劇の中間の演劇を目指す井上演劇道場が1937年に初演した。井上はじめ初代水谷八重子や岡田嘉子らが出演し、その岡田とソ連に亡命した杉本良吉が演出したというから、大変な歴史をもった作品である。
 これまで数多くの三好十郎作品を上演してきた民藝が、新鋭の田中麻衣子を演出に迎え、若手を主軸にした座組で本作に挑む。田中だけでなく、舞台装置の伊藤雅子、音楽の国広和毅も民藝初参加という新鮮な顔ぶれだ。田中演出の舞台の過去記事は、2018年秋、新国立劇場研究所発表会『トミイのスカートがミシンからとびだした話』

 開演前から場内にはメロディというより「音」が鳴っている。石を穿つ雫、地面に落ちる木の実、あるいは心臓の鼓動のような不思議な「音」である。舞台に緞帳はなく、後方に向かってかなり強い傾斜が作られ、通路というより溝のようなもので左右に分断されている。どこかの荒れ地なのか、荒涼たる世のありさまや人々の心の様相であろうか。そこに香代(飯野遠)が現れる。音響、舞台装置ともに象徴的ではあるが、耳にも目にも不思議に馴染み、観客を自然に引き入れてゆく。

 借金を抱え、乳飲み子を別れた亭主の親元に預けたまま炭鉱町の飲み屋で働く香代は、行き倒れしかかった渡り人夫の留吉(神敏将)を助けたことがきっかけで彼に恋心を抱く。しかし留吉は炭鉱夫の仕事をして金を稼ぎ、さらに仲間たちに金を貸しては容赦なく取り立てる亡者ぶりで香代の気持ちに応えようとはせず、故郷に帰ってしまう。

 飲み屋は炭鉱夫たちの溜まり場になっており、そこで働く香代や朋輩のより子(金井由妃)、おかみ(桜井明美)たちとのやりとりは、臨時工夫という不安定な立場や賃金、待遇への不平不満、事故で亡くなった仲間の家族の行く末を案じたり、労働者の過酷な現実を容赦なく示す。

 金を貯めた留吉は妹お雪(森田咲子)の待つ故郷へ戻るが、兄にも知らせず山師の利助(齊藤尊史)と所帯を持ったお雪は、仕事に行き詰って酒浸りの亭主に悩まされている。田畑を買い戻し、地道に百姓をしようとしていた留吉に、金への執着、損得勘定に毒された地元の人々が接近する。失望した留吉は?

 15分の休憩を挟んで2時間30分の長尺だが、心身緩むことなく舞台に集中できた。炭鉱町の飲み屋と留吉の故郷が主な舞台で、さらに香代と留吉が出会った冒頭や、留吉の両親の墓所など野外の場面もある。しかし傾斜のある装置を後方に据えて、手前部分を飲み屋、利助とお雪の家とし、短い暗転で無理なく場面転換する工夫がなされて違和感はない。細部まで作り込んだ重厚なところと抽象的なところが融合し、そこに生きる人々の息づかいや体温が客席に伝わってくる。

 辛酸をなめてきた香代と留吉が巡り合ったことはひとつの奇跡である。同じようにお雪と利助は魂の深いところで真に理解し合っている夫婦であり、惚れっぽいより子と臨時工夫のリーダー格である志水(塩田泰久)は二人ともとても素直で好ましく、実にお似合いだ。ハッピーエンドの大団円は、ともすればご都合主義の出来すぎた話になりがちであるが、本作の終幕は「ほんとうに良かった」と安堵し、本気で祝福を贈りたくなるほど幸福感に溢れるものであった。彼らの苦労はまだまだ続くだろう。失敗や諍いがあるかもしれない。しかしそれでも人間はそれぞれ何かしらの「佳きもの」を持っており、幸せをつかむ力を与えられる。人間というもの、人生というものは信じるに値する。そう思えてくるのである。

 カーテンコールの拍手はなかなか鳴りやまず、新劇系の舞台では珍しいダブルコールとなった。物語の人々よ、もう一度顔を見せておくれ。幕が下りた後に始まる人々の新しい日々を祝福させてほしい。初日の客席の拍手はそんな気持ちの表れであると思う。昼下がりの日差しがいっそう温かく感じられる幸せな一日となった。
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