因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ハイリンドvol.19『エダニク』

2018-12-13 | 舞台

横山拓也作 早船聡演出 公式サイトはこちら 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18下北沢・シアター711 16日終了
 次々と新作を書き下ろし、快進撃を続ける劇作家
横山拓也。このところ観劇から遠のいており、初夏の俳優座公演『首のないカマキリ』、つい先日まで上演されたiaku公演『逢いにいくの、雨だけど』いずれも見逃した。その横山の最高傑作との呼び声高い名作が、今回の『エダニク』である。どんな内容の作品であるか、戯曲を読んで、どれほど楽しんだか、それだけに実際の上演をいかに期待し、そしてその観劇の顛末がどうであったか。よろしかったら、こちらをお読みくださいませ。

 戯曲の良さというものは、優れた舞台に必須のものであり、しかしその戯曲が良ければよいほど、上演はむずかしいこと、あまりにおもしろいので戯曲を何度も読んだために「脳内劇場」が出来上がり、実際の上演をみると、俳優の台詞のタイミングや言い方ひとつひとつに「そうじゃない」とダメ出し、突っ込みをしてしまうという悲しいことに陥るのである。それほどの戯曲に出会えたことを、まずは喜ばねばならないが。

 そのようなわけで、ハイリンドの『エダニク』観劇に向かう心境は、期待しすぎないよう期待するという複雑なものだったのである。

 開幕して数分で、これらの懸念はすべて杞憂となった。ベテラン職人玄田役の有馬自由(扉座)は、自分の感覚ではついこのあいだまで若者だったのだが、今や堂々たる中年俳優。全編ぶっちぎりの迫力である。33歳の中堅職人沢村役の伊原農は、いっけん平凡な役柄と見せて、次第に生活や家族を背負う悲哀や焦燥を滲ませる複雑な役どころに技巧を感じさせない。二人が働く食肉センターの大得意先である農場の御曹司伊舞役の比佐一平は今回初めて拝見する方だ。30歳のニートにしてはいささか貫禄がありすぎだが、後半から留まるところのない丁々発止の職人二人の大激論に、絶妙の間合いで、心底むかつくリアクションをするという演技が自然に見えるのはすごいことではなかろうか。

 台詞の応酬や展開がまことにテンポよく、一挙手一投足、台詞のひと言、表情の変化なども見逃すまいと客席もぐんぐん引き込まれていく。こんなとき、台詞の呼吸ひとつ外すと、それまでの緊張がいっぺんに壊れてしまいかねないのだが、後半、伊舞が牛の延髄の入ったビニール袋を持ってナイフを構えるところを沢村が写メするシャッター音のあとの一瞬の静けさ。そして沢村のひと言「保存しました」。台詞のタイミング、声の大きさ、色合い、表情すべてが、「待ってました!」と大向うを入れたくなるほどのものであった。

 笑いの絶えない舞台なのだが、内容はまことに深く、重いものである。目の前の若造が得意先の息子と知って、沢村は態度を豹変させ、しまいには土下座する。「俺、この仕事以外ないんですよ」とまで切羽詰まった台詞から、職業に対する根強い差別や偏見、それによって就職や結婚に相当な困難があったことや、自分の仕事をまだ小学生の息子へどう教えれはよいのかという苦悩、息子が傷つき、自分が否定されるのではないかという恐怖までが想像される。大阪から流れて来た玄田にしても、これほどよくしゃべる芝居であるのに、まだ語らない(語れない)部分があり、それが奥底にあってのこの饒舌と思うと、『エダニク』はまことに油断のならない作品であることを、改めて実感したのであった。

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