因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

文学座公演『一銭陶貨~七億分の一の奇跡』

2019-10-18 | 舞台

佃典彦作 松本祐子演出 公式サイトはこちら 紀伊国屋サザンシアターTAKASIMAYA 27日まで

 冒頭は、現在の愛知県瀬戸市、長らく使われないまま、観光客の見学コースに入っている陶芸家・加藤家の「陶場」(とうば)である。人々が台風に備えて屋根に上り、看板などの補強をしている。そこへその家の祖母が覚束ない足取りでやってきた。孫の健太郎(亀田佳明)を誰かと勘違いしているらしい…頭に被った布を取り去って背筋を伸ばした瞬間、老婆は加藤家の女中の秋代(平体まひろ)になる。小柄なからだに生命力がみなぎり、明るい表情ではきはきと話す。この一瞬の早変わりは、ピーター・シェーファーの『アマデウス』の冒頭、老いたサリエリが一瞬にして数十年の年月を飛び越える、あの場面を想起させる。

 物語は太平洋戦争末期に戻る。加藤家は鎌倉時代から続く陶工の家柄で、婿養子の父親(中村彰男)が三代目をつとめている。長男(亀田二役)は招集され、足の悪い次男(奥田一平)は、今でいう引きこもり状態である。そこへ陶製の硬貨造りの話が舞い込んできた。兄への劣等感と兵隊になれない引け目に苦悩していた次男は一念発起、秋代や従業員たちを巻き込み、両親を納得させ、「一銭陶貨」に情熱を注ぐ。しかし傷痍軍人となった兄が帰還して、加藤家には微妙な空気が漂い始める。

 本作はもともとテレビドラマ化の企画が実現しなかったものを、劇作家が温め続けて今回文学座でのお披露目となったものだ。愛知県瀬戸市で実際にあった話を元にしており、名古屋市生まれの劇作家の熱意が実った喜ばしい舞台である。

 芸術家として陶器を作ってきた父親と、その薫陶を受け、才能を期待されていた兄という芸術家のプライドがまずひとつの軸である。一方でお隣の田中家は陶工職人であり、コンロに湯たんぽはじめ、さまざまな食器を作っている。この職人の意地がもうひとつの軸である。そこに、気位の高い跡取り娘である母(奥山美代子)、先代から見込まれたとは言え、どうしても旗色の悪い婿養子の当代、両親の期待を一身に背負いながら戦地に赴いた兄、家族のなかで居場所のない弟という家族の問題が影を落とす。複数の軸がどのように絡み合うかが本作の見どころとなる。

 次男役の奥田一平は、屈折した若者を嫌味のない造形で見せる。秋代役の平体まひろは小さなからだに「一生懸命」という衣をまとったかのように健気で可愛らしい。何とかこの二人に一銭陶貨を作らせてやりたいと観客に自然に思わせる好演である。

 芸術家と職人の意地と誇りのぶつかり合いがやがて互いに歩み寄り、目標に向かって邁進するさまは気持ちのよいものだ。次男と秋代が失敗を重ねながら心を通わせ合うところにもあざとさはない。「そうなってほしい」と観客も願う。ただ舞台の場合、職人がこねる土の風合いや窯の火の色、陶貨がいかに小さいか、失敗作の具体的にどこがどのようにだめだったのか等々が、実際には見ることができず、見る者に伝える手段がほぼ台詞だけであるところが、どうしても弱みになる。

 心身に深手を負った兄が、陶貨造りに生き生きと取り組む弟にどんな気持ちを抱いているか、弟の足が悪い本当の理由、兄弟の確執などが次第に明かされてゆき、そこに秋代が巻き込まれていく様相は、本作の暗い断面であり、これがどう反映されていくのかが後半のみどころになると思われたが、何となく躱されてしまったかという印象は否めない。錯乱状態に陥った父や母の収まり方も同様である。また現代の加藤家には40歳にして再び窯に火を入れようと決意する孫の健太郎が存在し、それを戦時中の兄役の亀田佳明が二役で演じることは、非常に重要な設定であり、魅力的な趣向である。しかし彼がなぜ急にそこまでの決心をするのかが描かれていない。戦争中の兄にしても、おそらく失意のままに亡くなったであろうと想像はされるものの、すっきりしない展開である。

 むろん全ての話に説明がなされ、結論が示される必要はないのだが、気になるものをいくつも投げかけられた観客としては、困惑せざるを得ないのである。若手の熱演は気持ちがよいが、声の大きさや張り方が気になったのも正直なところだ。そのなかで陶貨製造準備委員会の役人を演じた鵜澤秀行が、決して声を張り上げることのない抑制した演技で舞台を引き締めていたことを記しておきたい。

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2 コメント

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確執の決着 (しのらん)
2019-10-31 16:13:49
私も、兄弟の確執が曖昧になってしまったのが気になりました。あれでは秋代の心変わりにもモヤモヤが残ります。
とは言え、陶貨製作という事実を、ドイツの例と共に提示したのはとても意義深いと思います。
コメント感謝 (因幡屋)
2019-11-03 23:44:17
しのらんさま、コメントありがとうございます。物語のどこに焦点を絞るかは、とても難しいですね。陶貨作りのプロジェクトXと絡ませるには、加藤家兄弟の確執はちょっと根が深すぎて…。

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