因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

風琴工房code.33『hedge』

2013-09-16 | 舞台

*詩森ろば作・演出 公式サイトはこちら 下北沢ザ・スズナリ 18日で終了 (1,2,3,4,5,6,7,89,10,11,12,13,14,15
 TBSのドラマ『半沢直樹』が大当たり、30%を越える視聴率を出した。某新聞の俳句投稿のなかにも「倍返し」「十倍返し」を詠み込んだ句が散見される由、選考を担当される俳人のツイッターで知った。ドラマはたしかにおもしろく、自分も欠かさずみている。絶体絶命の主人公が決してあきらめず、上司の不正を暴き、正義を貫く。やられたらやり返す。まさに勧善懲悪である。銀行というドラマ性の乏しい職場を舞台にした意外性が当たったとのことだが、いまや『半沢直樹』は「銀行版・水戸黄門」と化しており、人物の描き分けや俳優の造形も極端な類型に走っている。つくりての気合いは画面から火を吹きそうに伝わってくるものの、このドラマが大ヒットすることを、もう少し冷静に考える必要があるのではないか。

 詩森ろばの最新作は、「リスクヘッジ」という金融用語がもとになっている。
 投資ファンド会社の男たちと、彼らに買収される企業の男たちのドラマである。「経済を演劇にしよう」という劇作家の心意気、小劇場界で活躍中の俳優11人がスズナリの舞台狭しと駆け回るすがたはまことに爽快で、おりから接近中の台風18号の暗雲を吹き飛ばす勢い。

 舞台にはたくさんのドアがあり、中二階のようなものも組まれている。下手には青木タクヘイによる音楽の生演奏エリアがしつらえられている。と、客席奥の出入り口からラフな格好の出演俳優がつぎつぎに登場、舞台奥の壁に映し出された「2118」の数字をめぐって、フリーな感じのにぎやかなやりとりがはじまる。彼らはみなあまりお金に縁がなく、経済にも疎い役者たちのようだ。この数字が何を意味するかは天文学的というか、あまりに現実離れしており、がっくりする彼らに、人生は金がすべてではないが、金がなければ一日も暮らしてゆけないことが、叩きつけられて開演だ。
 激しい音楽に乗せて、11人の俳優は普段着を脱ぎ捨て、ワイシャツにネクタイ、革靴のビジネスマンに変身する。ぞくぞくするオープンング。一気に舞台に引き込まれた。

 一昨年秋の『Archives of Leviathan』がまざまざと蘇る。泥くさく汗くさい、けれどさわやかな働く男たちのドラマである。

 はじまるまでは、難解な経済用語が飛び交う話になることを懸念していたが、舞台の外枠として経済に疎い役者たちがいて、ときおり物語の進行をとめて解説され、観客の理解への道筋が整えられるつくりが効を奏した。完全に理解したとはいえないまでも、ちゃんとついていける。
 本作はたしかに金融業界の話であはあるが、買収されようとしている企業の社長はじめひとりひとりの社員の性格や背景が丹念に書かれ、適材適所の配役によって肉づけされて、非常に魅力的だ。投資ファンド会社の男たちにしても、決して自社の利益最優先のエコノミックアニマルではない。相手の気持ちや立場を思いやり、最後まであきらめない。これはもう金融の枠を越えた、NHK『プロフェッショナル』や『プロジェクトX』をも越える熱血人情ドラマなのだ。

 しかしべたついた感傷は極力排されている。ひとつ例を挙げると、データ分析に優れた男は人間関係における信頼や調和に疎い、コンピューター人間風に描かれている。一種のパターンだ。だが劇の後半で、あまり利益を生まないと敬遠されている老人介護関連企業の再建にこだわっているのは、彼はおばあちゃん子であることがその理由のひとつであると明かされる。データ一辺倒の人物は、それだけで一種のパターンであり、彼がその会社の再建を情に訴えて追及するなら、「何だ、彼も血の通った人間だったんじゃないの」とさらにありきたりなパターン化が強くなる。

 劇作家はそうしなかった。データ氏は老人介護会社へのアプローチをいったん諦める。しかしそこに至るまでの上司とのやりとりや、その後の場面で彼の人間的なところが控えめに示されていて、彼がただ諦めたのではないことを伺わせる。

 ほかにも心に残る場面や人物はたくさんある。いかにも質実な風貌の業績不振部門の責任者と社長の対話、投資ファンド会社社員と、買収企業の凄腕営業マンとのやりとり、地味な存在だった製造課社員や経理部の社員が、自社に対する気持ちや自分の仕事に対する情熱をしだいに強くするさま。
 演じた俳優さんのお名前を敢えて記さなかった。書いていると一人ひとりあの場面、あの台詞とあふれるように思いが湧きでて、収拾がつかなくなってしまうだろうから。

 怪物だらけの『半沢直樹』に比べると、いい人だけが出てくる話じゃないかとも言える。
 しかし決して単純な造形や物語ではなく、下北沢の小さな劇場で繰り広げられる金融ドラマに客席の拍手は熱く長くつづき、視聴率30%という見えるような見えないような数字に飾り立てられた『半沢直樹』をぶっとばすのである。

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