因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

こまつ座『私はだれでしょう』

2007-02-18 | 舞台
こまつ座第81回公演 井上ひさし作 栗山民也演出 紀伊國屋サザンシアター 公演は25日まで
 こまつ座を見に行くと、いつも泣いているような記憶がある。いっとう好きな『イーハトーボの劇列車』では、ピアノの「月めぐりの歌」のメロディが聞こえただけで胸が締めつけられるし、『頭痛肩凝り樋口一葉』でも盆礼のわらべ唄ではじまる賑やかで楽しい開幕なのにもう涙。涙腺を刺激する何かが、こまつ座の舞台にはあるのだろう。

 こまつ座の新作のチケットは前売を買わず、開幕を確認してから当日券で狙うというのが自分のパターンであった。しかし今回は公演期間がいつもより長いこともあって、後半のチケットを予約しておいた。それは佐々木蔵之介と北村有起哉が見たいからという実に単純な理由である。佐々木は今回がこまつ座初出演で、これも初めての川平慈英がシアターガイドの出演者座談会で次のようなことを発言している。俳優仲間から「こまつ座の舞台に出るっていうのは勲章だと言われた」のだそうだ。こまつ座通信のthe座でも同じことを言っているので、余程嬉しく、それを励みにしてきたのだろう。そのことを思い出して、今回もオープニングから少し涙が。「もらい感動」というやつですかね。

 終戦後の日本放送協会の一室が舞台。戦争で消息のわからなくなった人を探すラジオ番組「尋ね人」の作り手たちの物語である。登場人物には一人ひとり戦争の傷があり、戦争中の自分と、占領軍の支配のもとでもがきつつ生きていく今の自分とどう折り合いをつけていくか、自己のアイデンティティを求めて思い悩む。自分はだれか、どう生きていくのか?また同時に働くことのほんとうの喜びを示す話でもあり、古さは感じられない。自分の今ともつながる話である。

 元花形アナウンサー役の浅野ゆう子の起用には正直疑問も感じた。こまつ座経験のある久世星佳や島田歌穂のほうが安定感があるのではないかと。実際歌の場面で浅野さんにはちょっとヒヤヒヤした。また「自分をさがしてください」とやってくる記憶喪失者の川平慈英の人物設定も「英語が流暢で武道に秀で、いろいろなことに機転が利いてタップダンスの名手」と、あて書きにしても多少、いや相当に無理があると。しかし浅野ゆう子は終始生真面目過ぎるほどの熱演で、こちらまで背筋が伸びてしまうくらいであるし、勘太郎月夜唄を歌いながらタップを踊る川平には、こまつ座の舞台に出られるのだ!という喜びが溢れていて、こちらまで幸せな気持ちになってしまう。実に井上ひさしの戯曲には、出る方にも見る方にも喜びと幸せを与える力、魔法が宿っているのである。率直に言って抜群に巧いとは言えない歌やダンス(川平慈英は例外)にも、沸き立つような楽しさと温かみがあって、こちらも一緒に歌いたくなってしまうのだ。

 俳優にとってこまつ座に出演するのが勲章なら、観客にとっては生きる喜びであり、幸せなのだ。今更ながらどうしてほとんど毎回初日が延びるのだろう。きっとどの登場人物も大切で、たくさんの愛情があってあれも伝えたい、訴えたいと悩むあまり・・・だと想像しますが、俳優、スタッフが余裕をもって稽古を練り上げ、観客とともにもう少し安心して初日を迎えられるように、何とかお願いします、井上ひさし先生!

 お目当ての佐々木蔵之介と北村有起哉のことも書きたいけれど、今夜はここまで。公演はあと1週間あります!

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