因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

演劇集団Ring-Bong 第10回公演 『さなぎになりたい子どもたち』

2023-01-22 | 舞台
*座・高円寺 冬の劇場22 日本劇作家協会プログラム 
 山谷典子作(1,2,3,4) 藤井ごう演出 公式サイトはこちら 座・高円寺1 22日(日)終了
 2021年4月から2022年3月まで、東京都世田谷区の公立中学の保健室を主な舞台とし、教師と生徒、その親など総勢12名が登場し、コロナ禍真っ只中における子どもと大人、社会、この国のありようを炙り出し、問いかける物語だ。休憩無しの約2時間10分、客席は息をつめて舞台の人々を見守り、その声に耳を傾ける。作り手の誠実な姿勢が伝わり、劇場は温かな空気に包まれた。

 元看護師だった養護教諭の高岡美穂(鬼頭典子/文学座)が誰かと電話で話す場面に始まるが、ここで早くも彼女がただごとではない状況に置かれているらしい不穏な滑り出しである。鬼頭典子は前回公演の『みえないランドセル』の助産師、また名取事務所『灯に佇む』(内藤裕子作・演出)の看護師と同様、医療や福祉、教育関係の専門職を演じて抜群の安定感があり、作品に込められた誠意や良心を具現化する存在だ。ふたりめの養護教諭として赴任したベテランの野村道子(川口圭子/劇団銅鑼、プロダクション・タンク)も魅力的。周囲からは「ボランティア部の顧問を押し付けられた」と言われながら自身にはその認識がなく、カブトムシの飼育に興味津々で取り組んだり、生徒たちから「ちょっと熱血」と綽名されるほど、生徒の悩みを正面から受け止めては、感動してよく泣く。ただでさえ多忙なのに、「わたしがやりましょうか」と言ってしまうし、あわてんぼうの早とちりである。どこにでもいる先生のようであり、しかし終盤に向けて、ここまでの人はそうそう居ないぞと思わせる説得力がある。

 保健室によくやってくる生徒はふたり。加藤凛(久保まり菜)は遅刻、早退の多い問題児で、家庭に重い問題を抱えている。もうひとりの渡辺天音(乙木みほり)は裕福な家庭で、成績トップの優等生。母の瞳(樋口泰子/無名塾)はPTA会長を務めるなど、申し分のない生徒だが保健室の常連であり、正反対の凛とボランティア部の活動を通して交流を深めてゆく。

 成績が振るわず、家庭環境にも問題のある生徒だけでなく、成績もスポーツも優秀で豊かな家庭であっても、いやむしろそれゆえに大人たちの眼に見えず、その手からこぼれてしまう子どもたちの現実を容赦なく描いている。鍵を握るのは、陸上部のホープ「青木君」である。最後まで登場しない人物が物語の転換、教諭や生徒たちの行動のきっかけを担い、希望へと導く。人々が見つめるその先に、演劇としての趣向を越えて、青木君は確かに存在すると思わせる。

 ただ、登場人物のなかに極端な造形が見受けられるなど、いくつかの躓きがあった。校長の清水(佐々木梅治/民藝)は、感染対策に必死の教員を目の前にして、「喉が渇いた」とやんわりと職員会議にお茶出しを要求したり、今日は暑いから「窓を閉めなさい」などと言う。いまどき水分補給のマイボトル持参、常に換気するのが普通であるのにこの上からの物言い。さらに加藤凛の家庭の様子を知って、「ヤングケアラー」との認識が欠片もなく、家族思いの健気な生徒だと感動してしまうという感覚の人物なのである。

 自分の違和感は、「こんな校長がいるはずがない」ということではない。とんでもなくずれている人は現実に存在する。その絶望的なずれが、物語が進行していくなかでどう描かれるのか。清水校長がやや過剰な造形で、コミカルですらあったところが残念なのだ。渡辺天音の母は娘の全てを支配し、加藤凛へはあからさまな差別意識を見せる。こういう人もおそらく居るだろう。ここでも同じく、いかにもセレブで特権意識の強い演技が人物を凡庸にしてしまっている。体育の教諭で陸上部の顧問である森恵子(遠藤好/青年座)は、校長寄りの考えを持つ。生徒指導はまことに熱心だが、地球環境や社会情勢など不安要素の多い現状において、子どもは産まないと決めているという。さばさばと語っているが、彼女にも葛藤や悩みがあるのではないか。それを知りたい。本作は、美穂や道子と意見を異にする森の台詞で幕を閉じる。そこには作者の何等かの思いが込められていると思うからである。

 立ち位置としても人物としてもおもしろいのが、給食室の職員日野淳子(松山尚子/劇団enji)である。校長にも遠慮なく物を言い、会議では必要なことだけ発言してすぐ退出するなどのマイペースぶりだが、観客はスカッとさせられる。校内の事情通なのだが、なぜそこまで詳しいのかは知りたいところだ。老母の介護をしているらしいという台詞だけで、その後全く語られないのは残念であるし、校長側とそうでない側という構造に、もうひとつの軸や領域が加われば、物語はもっと重層的になる。

 進学を決意した凛が、どんな勉強をしたいのか、雌のカブトムシの亡骸をゴキブリだと怖がっていた天音が「完全な理系」であると語られるが、彼女もどの分野に進んだのか、ここは2時間あまり見てきた側として、ぜひ教えてほしいところである。

 詳しくは触れられなかったが、美穂の相談相手である数学の飯田先生(辻輝猛/演劇集団Ring-Bong)凛の祖母(藤井美恵子/青年劇場)、4歳児の子育てに奮闘する理科の吉野先生(頼経明子/文学座)、中学に隣接する保育園の佐藤保育士(辻本健太/スターダス・21neu)いずれも適材適所の好配役だ。手動式の回り舞台で保健室と屋上を効果的に見せた舞台美術(乗峯雅寛/文学座)、可愛らしく、しかしどこかもの悲しい音楽(高崎真介)も心に残った。
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