因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
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劇団文化座公演157 音楽劇『ハンナのかばん』

2021-01-15 | 舞台
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*カレン・レヴィン原作 エミール・シャー脚色 吉原豊司翻訳 西川信廣演出 東京芸術劇場シアターウェスト 17日終了
 原作者のカレン・レヴィンはカナダの公共放送CBCのラジオ部門のプロデューサーで、ドキュメンタリードラマ「ハンナのかばん」を制作した。その後書籍になり、映画化もされた。またカナダのヤング・ピープルズ・シアターの委嘱で劇作家で児童文学者のエミール・シャーが劇化し、2006年初演された。

 日本で大阪の劇団コーロ(2007年 宮越洋子脚本 菊池准演出)や劇団銅鑼(2008年 いずみ凛脚本 モニ・ヨセフ〈イスラエル・アッコ・シアターセンター芸術監督〉演出)で『ハンナのかばん』として上演されている作品は、東京の小さな資料館に展示された小さなかばんから始まる孤児ハンナと大人たち、現代の日本の子どもたちの物語だ。つまり海外作品の翻訳作品というより、現代の日本人の視点から描かれているところが大きな特徴である。東京の小さな資料館とは、NPOホロコースト教育資料センターであり、理事長の石岡史子氏が劇中に登場する「フミコ」である。そもそもの原作と、日本で出版されている書籍(Amazon)、いろいろな劇団で上演されている作品との関係は押さえておく必要があるだろう。

 劇団文化座は来年創立80周年を迎えるにあたり、記念公演として竹山道雄原作の『ビルマの竪琴』とリリアン・ヘルマン原作の『子供の時間(仮題)』の上演を予定している。『ハンナのかばん』はその先駆けとして、若い俳優を中心に劇団の創造の柱のひとつである「戦争と人間」をテーマとして企画されたとのこと(公演パンフレット掲載の劇団代表佐々木愛の寄稿より)。吉原豊司が原作を翻訳し、道場禎一が構成台本を執筆、宮原芽映の詞に上田亨が曲をつけ、「音楽劇」としてお披露目となった。従って、『ハンナのかばん』という同じ題名を持ちながら、劇団それぞれの手によってそのたび生まれ変わってきた作品であると自分は理解した。

 古ぼけたかばんの持ち主ハンナのことを知りたいというアキラとマイコをホロコースト教育資料センターのフミコ(理事長の石岡史子氏がモデル)が導き、自らもチェコへ飛んで現地の博物館で膨大な資料と格闘し、歴史のなかに消えてしまった少女ハンナを探す過程と、平和に暮らしていたハンナ・ブレディ(市川千紘)、兄のジョージ(斉藤直樹)、両親の過酷な日々とが交錯しながら進行する。冒頭ハンナが歌う「私を探して」は、本作のメインテーマである。

 かばんはただの「モノ」ではない。それを使った人、触れた人の体温があり、時間があり、心がある。戦争を知らず、想像すらできない日本の子どもたちが自分の手と足で調べ、大人の話を聞いてかばんの持ち主にやっとたどり着いたとき、ハンナが「私を探して」を歌いながら登場し、アキラとマイコと対面するシーンは物語の白眉であろう。「ホロコーストのユダヤ人犠牲者は600万人」という文言の奥に、一人ひとりの肉体、声、家族との日々、心があること、それを知るには困難が伴うが不可能ではないことが示される。

 ナチスのゲシュタポや看守たちは顔半分を覆う仮面をつけ、個人としての顔を持たず、「絶対悪」的な存在として描かれており、ともすれば善と悪、被害者と加害者といった二項対立的な捉え方をされてしまうかもしれない。ただ、歴史を肌で知ったアキラとマイコは仲間たちとお芝居を作ろうと盛り上がるが、平和が力強く語られる場面には続かず、苦く辛いものを残す終幕であった。

 硬派な台詞劇のイメージの強い文化座の音楽劇は、手堅く誠実に作られたものであった。ナチスの収容所と言えば即座にアウシュビッツが想起され、ハンナも最終的にはそこで命を落とすのだが、その前に過したテレジン収容所で、フリードル・ディッカーという画家が開いた子どもたちのための秘密の学校の様子なども生き生きと描かれている。俳優方の歌唱も練習の賜物であろう、大健闘だ。とくに画家を演じた深沢樹は豊かな声量の安定した歌唱で舞台に膨らみを持たせた。
 
「私を探して、私を見つけて」という願いはハンナだけではない。その声を聞きとるために自分たちができることは何か。見る者に気づきやきっかけを与える力を持つ作品だ。劇団の数ほど、座組の数ほど『ハンナのかばん』が生まれるのであれば、ぜひいつかオペラシアターこんにゃく座による本作が上演されることを夢見ている。
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