因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団唐ゼミ☆ 第30回特別公演 延長戦!『唐版 風の又三郎』

2021-10-16 | 舞台
*唐十郎作 中野敦之演出(1,2)公式サイトはこちら 浅草花やしき裏 特設テント劇場 17日で終了

 「もう一回あのヒコーキを飛ばす!」(公演チラシより)と決め、新しいキャストが加わった再演がお披露目となるのは、劇団と縁の深い浅草花やしき裏の特設テント劇場だ。公演チケットを提示すると、観劇当日に限って花やしきに無料で入場できる特典もあり、恐る恐る足を踏み入れると。聞きしに勝る「狭い敷地に楽しさすし詰め」の園内や、大勢の家族連れの熱気のすごいこと。いささか毒気に当てられ、遅くて逆に怖いというジェットコースターはじめアトラクションは何も使わず、早々に退出した。

 日が暮れて夜の闇が忍び寄るにつれて期待が徐々に高まってゆく開演前の雰囲気は、もうひとつの芝居のごとく楽しみなものである。ポツリぽつりだった観客が気がつけば蠢くように増えていく様子にも心が高まるのだが、花やしきの喧騒とは裏腹に、テントの立つ空き地は鎮まっていた。曇り空のせいだろうか、あるいは広々とした新宿中央公園や鬱蒼と木々の繁る花園神社とはちがう空間に対して、何となく心身が馴染まない感覚があった。

 唐ゼミ☆の観劇はこれがまだ3度めであるが、演出の中野敦之による開演前の挨拶はメリハリがあってサービス精神に富み、非常に楽しみなものである。今回も中央花道から勢いよく舞台に走り出た中野に客席からは早くも大きな拍手。中野も「たっぷりの拍手ありがとうございます」と堂に入った受けで客席を和ませる。

 冒頭にテントの奥が開き、場外からエリカ(禿恵)と老婆(ちろ)と大学生(渡辺宏明)が、舞い散る木の葉とともにテント内に駆け込み、花道を出口に向かって走り抜けていく。白昼の街のなかに劇中人物が居ることのアンバランス。不思議な開幕だ。

 開演前はあれほど静かであったのに、芝居が始まるといろいろな騒音が聞こえてくる。はじめのうち、街の喧騒を表す効果音かと思っていたら、花やしきのアトラクションの音であった。子どもたちの歓声や何かが水に飛び込む水しぶき、乗り物が動き出す大きな音などがびっくりするほど聞こえるのだ。だがこれが全く気にならず、ここは賑わう遊園地の真裏で繰り広げられている別世界、異空間だという意識が生まれていることに気づく。

 昨年の初演から主要メンバーの何人かが退団したこと、「来年の今ごろになれば良くなっているだろう」という期待が打ち砕かれ、不安が募るばかりだったこの1年の状況にあって、主軸の俳優はますます充実し、新しく加わった面々も存分に力を発揮して、昨年に勝るとも劣らないほど力強い舞台を見せた。エリカと織部(丸山雄也)が支え合って歩き出す終幕、テントの奥が開くとそこには自衛隊機がすがたを表す。それに合わせたかのように雨が降り出した。細かい雨脚がライトに照らされるさまは幻想的で、しかしその向こうには普通に歩いている町の人がいる。午後の昼下がりの冒頭場面に感じた不思議なアンバランス。昼から夕暮、そして夜という時間の経過を取り入れて、いっそうの舞台効果をもたらした。

 いつの間にか花やしきは閉園しており、夜の早い浅草の街は伝法院通りも浅草寺の境内もすっかり鎮まっている。いつもなら足早に立ち去る淋しい街並みだ。しかし『唐版 風の又三郎』を観たあとの心身にとって、夜の浅草の空気は濃厚で、熱さえ帯びている。テントの中だけではなく、その周辺、帰路に至るまで空間が変容したのである。この手応えを以て、来年から1年間ロンドンに研修に赴く中野敦之の充実した学び、その間の劇団唐ゼミ☆が元気であることを祈り、再来年からの新しい歩みを信じて待ちたい。
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